とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

夜市

14冊目
僕は怖がりだということもあり、世にも奇妙な物語ですら見るのをためらうほど、怖いものが大の苦手です。
ましてや日本ホラー小説大賞の作品なんて手に取ることはないと思ってましたが、設定を知るなりこの作品に強く興味を惹かれました。

夜市 角川ホラー文庫

夜市 角川ホラー文庫

この作品は『夜市』と『風の古道』の二つの中編が収録されています。
夜市
大学二年生のいずみは、高校生の同級生だった裕司の家に向かっていました。
いずみから見て裕司という男性はあまり知らない同級生であり、知っていてもせいぜい高校二年生の三学期に学校をやめたきり学校には行ってないことと、現在アルバイトもしていないということだけでした。
そんな裕司との出会いは偶然のもので、去年レストランアルバイトでたまたま出会ったというだけです。
そんな裕司に初めて自宅に呼ばれ、なにが起こるのかと不安とうきうきの間にいたいずみの一方で、裕司はいずみがやって来てそうそうに「夜市に行こう」と言い出すのです。
気乗りしないいずみをよそに、裕司は「見に行くだけでも」といずみを連れてついに夜市とやらに出かけることになります。
夜市は岬の公園近くにあるようです。タクシーに二十分ほど揺られて到着した岬の公園には、今夜夜市があるというのに、人気もなければ、明かりもない場所でした。不安がるいずみを引きながら裕司はどんどんと先を歩きます。
やがて暗い森に入り、暗闇を歩いていると、その先に揺らめく青白い光が見えてきてきます。

風の古道
主人公の私は七歳のころ、小金井公園の花見の途中に迷子になり、その時、奇妙なことを体験しました。
それは途方もなく泣いていた私に、おばさんが「迷子? ならこの前を真っすぐ歩いて帰るといい」と言うもので、そのおばさんと出会った状況も花見会場なのに人が居ない、指示されて歩いた道も周りに家があるのに門が道沿いになく道も塗装されていないのです。
無事に家に帰れたのですが、奇妙なことを経験した私は翌年父親とその道を通りました。しかし、記憶の奇妙さとはまったく違う風景が広がっているのです。よりそれが私にとって不思議なことでした。
それからしばらく十二歳になった頃、友達のカズキにそのことをつい話してしまいました。
話を聞いたカズキは「せっかくだし今から行こうぜ」と言い出します。私もそれに乗って、カズキとともにその道を探すことにしました。
七歳の頃通った道とはいえ、道はどこからどこまで繋がっているのか私は知っているので、場所については問題はありません。あの時のように神社の後ろにある小さな隙間からあの道へ向かいます。
すると頭痛が起こり、気が付くとあの時と同じ風景が広がっていました。
私は「ね? 本当だったでしょ」と言い帰ろうとしたのですが、カズキは「どうせならこのまま歩こうぜ。この先は小金井公園なんだろ?」と歩みを勧めます。私は不安げにカズキの後を追いました。



-----(ネタバレあり)------



夜市

裕司
弟を売って野球の才能を買った兄ですね。これだけ見ると作中出てくる人攫いと同じようなことをしていますが、純粋無垢というのは恐ろしいもので天秤にかけて弟を売ってしまいました。
裕司はそれを悔いてなんとか買い戻そうとお金をためたようですね。しかし集めたのは七十二万と少々のお金、そんなお金じゃ人を買えないと人攫いからお叱りを受けるなど甘い認識を持っている青年なのかと思えば、俺自体が商品になることだと言わんばかりの覚悟それをカバーしました。
始めは女連れていくのにも、その勇姿を見てもらうためだと僕は思っていたのですが、いずみを売り手として考えるという合理的な理由があって「おぉ」と個人的には膝を打ちました。
最後には七十二万を弟さんに渡したようです。皮肉なことにも、七十二万と自分を犠牲によって弟さんを助けたということになりましたね。あるいは裕司も若さなど売って、夜市から出ることも考えれますけど、それほどの欲しい物を願う気力があるのかといわれれば、ないと思います。ある意味最後の願いは叶ったのです。

老紳士
裕司の弟さんでしたね。この展開は想像もしませんでした。なんでも買える、逆を言えばなんでも売れるですよ、そこにいるのは若さを売った弟さんですよなんて、刀を抜く辺りでどうやったら気がつくのでしょうか。
この結果を分かってからちょっと考えてみたのですが、裕司が夜市に来るのと弟さんが三回目の夜市に鉢合わせるという確立ってどれぐらいのもでしょう。本当に偶然レベルではなく奇跡って言っていいんじゃないかと思います。夜市に来れる人は限られていて、作中、夜市は台風のみたいなもの年に十~二十あたり出現するとしても、偶然の一致とはいえないほどすごいですよね。
人攫いを切りつけたとき、正直読みながら「バトル物が始まったのかな?」というほどの異次元的な不意打ちでした。あれは実は弟さんの努力の賜物だと知って「あぁ」と納得しましたね。ちゃんとチャンスは逃しませんでした。

夜市システム
台風のようなノリでやってくるという夜市はなんでも買えてなんでも売れるという場所であるが、なにか買わないと外に出られないという決まりがありました。
気になったのは石を一億で売る人がいれば、人の子を三百万で売る人攫いがいれば、刀を十万程度で売る人も居たということです。
買う対象の価値と値段が相応だから別にいいのですが、それってつまり、誤って夜市にやって来ても五十万程度あれば逃げ切れるってことですよね。あるいはもっと安いものもあるかもしれませんし、もし行くなら大金を持って適当なものを買ってうろうろ散策するのが夜市の正しい歩き方なのかも知れません。
ところで読者さんも考えたと思いますが、僕も夜市に行ったならばなにを買うのかなってしばし考えました。思い当たることがありますけどまぁ、なにを買おうとしようと思ったのかは秘密にしておきます。
ところでこの夜市、ATMとかあれば現金調達らくそうでいいですよね。はい、そういう話じゃないですね。


風の古道

十二歳の少年二人
いたずらっぽくて、好奇心旺盛で、純粋な模範的十二歳の少年二人でした。
途中まで単なる奇妙な夏休みの経験でと終わるところだったのですが、どうしょうもないゴミに不幸かあるいは狙ったのかカズキは狙撃されます。ゴミに対するゴミ的な感情は置いておいて、カズキは痛みと薄れゆく意識でなにを思ったのでしょうか。「ごめんな迷惑かけて」など言いながら家族など思っているのかと考えると、いたたまれない気持ちになります。本当に運が悪かったです。
一方の私は、そのあとレンという青年と死体蘇生を求め旅をします。私なりに色々奮闘してカズキを助けようとするのですが、結果として自然の摂理に任せることになりましたね。これでよかったのだと思います。
この後、私とレンの最後の会話にて、
「それじゃあな」
「帰りたくないよ」
「ああ、帰らなければいいさ」
「……」
「いいさ、また機会があれば会おう」
という場面があります。ここ子供の気持ちがよく写っているなと思いました。実際僕も、あれだけわくわくしていた場所に対しても、いざ行ってみれば「あれ、なんか違う」と思ったことも記憶にあります。やはりゲームは未開封の時が一番わくわくするってやつでしょう。それがいい感じに現れていて、好きなシーンですね。

レン
途方に暮れた少年二人を助けた救世主です。始めは宿屋に居たようですから、たまたまそこに居合わせたのみということでしょう。少年二人は運がいいですね。
このレンという青年は作中トップの主人公っぷりを見せています。色々あったようですが……いろいろありすぎて感想には書けないほどです。いい人で、恋人に恵まれ、幸運に恵まれ、ゴミに邪魔されましたが、目の前にある絵画に憧れながらも、幸せな人生を送ると思います。
ぜひ古道の全踏破もしてほしいものです。個人的に思うのは、絵を趣味にしたらわりと楽しそうだということですかね。しかし絵の具はどこから入手するのかといわれてみれば、口を閉じてしまうのでなし。おそらく外に繋がりがある人から取引できると思いますが。

レンの母親
まさか元恋人だという展開だとは思いませんでした。たしかに、キスするシーンは「な、なんや…」と疑問に思ったもので、それはどんどん似てくる失った恋人と照らしあわしていると考えたら「あぁそうか」と納得できます。
この母親目線でもレンに対する気持ちはもう痛いほど、好意や母性やらいろいろあっておかしくなりそうだったのでしょう。まぁ、それでも好きな人といられてよかったのだと思います。その後、現実社会に戻ったのだというしますしね。

ホシカワ
元教師ということを知りました。レンの母親の先生ってこともあくまで想像の域でしょうし、おそらく二十年のうちのどこかでレンの母親とたまたま居合わせてみたいな、ちょっとした接触があった関わりでしょう。新聞を持っていたのだから、レンの母親に同情というか、気にするほどではあったということが伺えます。
最後は念願通りホシカワは古道にて骨を埋めることを叶えます。これもまた人生なのかと思いにふけました。

どうしょうもない殺人鬼
今までいろんな悪役見てきましたが、それらといいレベル戦えるぐらいのゴミでした。
こいつが自慢気に話し始めるあたり、屈指の胸糞悪さにめまいを覚えた読者は結構いると思います。僕も一度本を閉じて、水を飲んで、息を吐いてまた読み始めた一人です。
この人に対する怨み辛みなどは置いておくとして、キャラクターとしてはよく出来ているなと思いました。どれかというと快楽殺人者というより、嫉妬深く嫌味な人物(本人は否定していましたが)になります。その不快な雰囲気がよく書かれているなと、感心するほどです。
このゴミがレンを探していたとなると、おそらくレンが袋に包んで警察に出したのが公になったのだと思います。そして、こちらにきてレンを探した。おとなしく死刑囚になればいいのに、うーんこの

魅力的な世界観
なんか夢の世界を見ているような、それでいて死後の世界みたいなのにわくわくするよう書かれてあります。
なんか途中の風景描写がとてもいいんですよ。思いを馳せるにはとてもいい世界観ですよね。
一本道のみで周りの風景が絵画で、奇妙な人がいる。それでいて静かな感じ、よくわかりませんが、その独特な雰囲気がいい感じに描写されています。
レンやその世界に魅了されたホシカワを見るなり、言いようのないロマンがあるのがひしひしと伝わってきました。
なんでしょうあの魅力的な感じ、光景が淡々と書き出されているのだというのに、旅をしている雰囲気が伝わってきます。
ただ、「したいか?」と言われてみれば僕も私のような反応になると思います。なのに憧れみたいな感情がある、不思議な感じがしました。

中編二つを書いたので、文字数がとても多くなりました。
この作品、怖いというより「儚い」の一言に尽きると思います。
世にも奇妙な物語』のような『夜市』も物語として面白かったし、『ぼくのなつやすみ』のような『風の古道』も美しくていい作品でした。どっちが好きかと言われても、両方良さがあって選べませんよね。でも強いて好みで言えば、『風の古道』かなぁ。
あと驚くべきことに、文体がすごくシンプルなんですよ。この記事総4900文字ぐらいなのですが、「この記事で夜市の半分の文字数は行っているんじゃないか」というのも過言ではないほど淡々とした無駄ない文体なんです。
なのにこんなに想像力を掻き立てるなんてすごいですよね、全選考委員激賞なのも頷けます。
個人的にどストライクな作品でした。