とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

雀蜂

47冊目
貴志祐介さんが書いた小説を読むのは初めてだったりします。

安斎智哉は気怠い目覚めを迎えます。嫌な夢を見ていたようで、嫌な汗をかいていました。
ここは11月下旬の八ヶ岳、現在季節外れの大雪に見舞われている安斎が購入した山荘です。この山荘には安斎のお気に入りの品がたくさんあり、安斎の仕事である執筆活動もここで篭って行われるというお気に入りの場所でした。その山荘の寝室にて、キングサイズのベッドが安斎が目を覚ました場所になります。
辺りを見ると、妻の夢子が見当たりません。
「トイレに行ったのだろうか」など安斎は頭を働かせますが、微かに虫の羽音が聞こえて気が付き我に返ります。しかし安斎は「11月下旬、こんな寒いところに虫がいるわけ無い」と思い返し、ベッドを降りようとすると、自らのバスローブにワインをこぼしてあるのにやっと気が付きました。「飲み過ぎたのだろうか」と、安斎は改めて寝る前のことを思い返します。
寝る前のこと、安斎は夢子とワインを呑んでいました。夢子はアルコールに強くなく、この日もそんなにお酒を呑みませんでした。そんなアルコールとは縁の遠い夢子がこの夜珍しく「わたし、取ってくる」とワインを自ら取りに行き、「そういえばあの時、緊張した表情だったような……」と違和感とともに安斎は思い返します。
違和感は拭えず、タバコをつけながら寝室を見渡すと、夢子のバスローブが落ちていました。
夢子はいわば神経質な人であり、ものを地面に置いておくなんてことはまずしません。ましてや昨日着ていたバスローブなんて落ちたままにするはずなく、不審に思った安斎はとりあえず声を出し夢子を呼んでみます。
儚くも声の返事はなく、静寂は大きくなります。むしろ山荘に人気を感じることなく、対して静寂から虫の羽音が聞こえてきたのです。



-----(ネタバレあり)-----



山荘などお金の使いっぷり
作中にあるいろいろな感情を置いておいて、まず、彼(智哉の方)のお金の使い方について考えさせられました。
夢子曰く「借金してまで、飽き性で」など言っているように、このワインの量やら、マンションやら、安斉(実の方)がガレージに行った時に見たよくわからないガラクタやら、あれら安斎(智哉の方)が飽きた買って飽きたを繰り返した形跡を見ることができました。彼(智哉の方)についてはほんの数回喋るのみでしたが、彼(智哉の方)のお金への執着と振り回される夢子を想像するのは容易かったです。
お金については、ちょくちょく夢子が出していたのかなぁ、と読破後に思いました。安斎(智哉の方)は作家としてそれなりにお金を持っていたとはいえ、あれだけ贅沢するなら本当に芥川賞直木賞とかもらってさらにベストセラー連発しないと届かないような領域だと思います。まぁ、それを踏まえて終盤で言った夢子の「分不相応」という言葉が頭に浮かびました。

夢子
作中いろんな人物が登場しましたが、一番ぎょっとしたのは夢子だと思います。だって、夫に命を狙われてると知ってて、さらに道徳的に欠如している夫(智哉の方)が日常的にいるとはいえ(普段からぎょっとしていることが多いという部分も踏まえて)、夫かと思ったらストーカーが「ただいま、雪強いから見てきたんだ」とか言いいなだら寝室にいるなんてもう、すごいことですよ。あの場に居合わせたら発狂してもいいというのに、落ち着いて一緒にワインを飲んでいるなんてのもすごいです。
この夢子については、安斉(実の方)をなんとかしようといろいろ画策をしていました。この安斉(実の方)と飲み明かした夜については睡眠薬を入れるために、ワインセラーに降りていくシーンがあるんですよね(逃げようとして止められてますけど)、そこで逃げ場を失ったことを知るのに静さを失わず睡眠薬を盛ろうとする勇気と知恵、あれ作中一番の英断だったと思います。

安斎の山荘について
ストーカーがただ一人残された山荘は奇妙な状態でした。まず連絡手段が絶たれていて、次に蜂がたくさん飛んでいまいた。
連絡手段が途絶えているについては夢子がやったことでしょう。その夢子の思う通り、安斉(実の方)は雪の中で一人閉じ込めることができていました。
次にハチがたくさん飛んでいたというのは、安斎(智哉の方)が保険金殺人のためにやってました。屋根裏部屋と地下室の方、二つ空間に蜂を育成させる環境からつくるという徹底ぶり、知り合いの三沢が作品に使うのかと思って教えたことが、まさか実際に育てるとは思っても見なかったようで、夢子もあわや死んでいたとひやひやだったことでしょう。そう考えると、あの晩に安斉(実の方)が勝手にやらかしたことで夢子が助かったといえます。改めて夢子の「さっぱりわかりません。この人は被害者だったのか、加害者だったのか」という言葉を思い返します。

ストーカー
気味の悪いやつでした。物語最中、いろいろ安斎(智哉の方)になりきっていろいろ解釈してゆく様は、おそらく安斎(智哉の方)のことをちゃんと知って考えているんだろうなという部分もありましたけど、根本的な部分、「蜂アレルギーのこと」という大切な部分を勘違いして思い込んでいたようでした。おかげさまで読者としては、奇妙な違和感をもってこの本を読むことになります。
終盤辺り、夢子について「辻褄が合うように瞬時に嘘をついている! 小説家だけのことはあるな!」とこのストーカーさんは思ったようです。この「この辻褄が合うように」という部分では、お前のほうがよっぽど(オーバーキルする勢いで)都合のいいように辻褄を合わせているぞ。と、内心ツッコミ入れてましたよ。まったく、ナチュラル系思い込みマン恐ろしいですね。
まぁしかし、このナチュラル系思い込みのおかげで、夢子のハチアレルギーを自らのアレルギーとして捉え、山荘の中で安斉(実の方)は慎重に行動していた(翻弄させられて時間を使ってしまった)といえます。それに関しては同情でk……いや、全くできないね自業自得だよ。

ストーカーに対して個人的に思う点
物語としてはどうでもいい箇所と言えるかもしれませんが、個人的に気になったとこを挙げていこうと思います。
・物語始め辺りがわりとおもしろいこと。
ストーカーが山荘に取り残されて蜂からただただ逃げ周る辺りですけど、あそこけっこうおもしろかったですよね。いわゆるシリアスな笑いってやつでしょうか。「電話のフックボタンを1秒間に20回押さなくちゃいけない→できるわけないだろ! なんで警察は110なんだ!」とか「テレビが点いたやったー!→将棋じゃないですかやだー!→いつもうるさいタレントだと思ってたわすまんな→なに仲間呼出してんねん(白目)」とか、まるでジブリで出てきそうなしゃべり方で蜂と対話しているシーンとか、宇宙服を着てスラッシュメタルに乗りつつ殺戮に酔ってたら掃除ロボットが蜂吸い込みながらこちらにやって来たりとか……おもしろくないですか? ぼくはおかしく思いました。
・ストーカーの知識源
ストーカー知識源は主に安斎智哉の書籍になっていました。引用を暗唱できるほどの熟読していただけあって、彼はなんとか蜂の猛威を乗り切り、瀕死ですが生き残っています。この知識源について、ひとつ気になった文章がありました。それは初めてガレージに入った時、大型バイクを見るなり、

(ネットの一部では酷評されていたが)

と、思っていたことをコメントしてるんですよ。個人的に物語初めから安斎智哉という作家は、山に篭って執筆活動するぐらいなのだからネットなんて見ない(加えるなら、周りの声なんて気にしない)タイプの人間だと思っていたものだから、この文章は違和感でありました。実際、安斎(智哉の方)はネットを見てたなんてのはわかりませんけど、読破後にこの文章を思い返してみれば、安斉(実の方)はこいつネット掲示板も見てますよ! ということがわかりますね。それだけです。

【まとめ】
結局のところ、安斉(実の方)が安斎(智哉の方)に終始翻弄されています。おもしろいのは安斉(実の方)は安斎(智哉の方)の知識によって、次々と訪れる難をなんとか逃れているということであり、極めつけは、安斎(智哉の方)の知識によって自ら喉を貫くことにあります。こう書いてみれば悲劇といえますけど、安斉(実の方)が逃げるさまはB級映画のようであり、シリアスな笑いを生んでいます。そう考えるとこれは、悲劇と言うより悲喜劇なのかもしれません。