とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

殺人ダイヤルを捜せ

50冊目
初、島田荘司さんの作品だったりします。

日本各地に黒電話があって、まだ通話先の電話番号が表示されていない頃のこと、商社の電話交換手を務めている主人公、綾子は人には言えない趣味を持っていました。
それは欲求不満の出来心で始めたものです。綾子は刺激を求め、さらにスリルを求めその趣味の深みにハマってしまいます。
ある日のこと、綾子の友達である美枝子が「兄貴に電話しようと思ったらさ、間違えてダイヤル回しちゃったみたいで、その電話先に出た相手がいやらしいやつで」と言います。
そのころ、電話の相手がわからない時代なのです。なので相手が女性と知るなり模擬セックスをしようとする輩がたまにいました。たまたま美枝子はそういう人に間違い電話をかけてしまったらしく、そんな災難を綾子に話します。綾子はさもなんの気なしに見せつつ「そう」とすました顔でうなずきます。
その夜のこと、動悸を早くした綾子が受話器を握っていました。綾子の趣味、それはテレフォン・セックスだったのです。
綾子はこの夜「大物が釣れるぞ」とばかりに受話器を興奮して握り、ぞくぞくとしながら美枝子の言っていた番号を回します。このとき綾子は少し不安でした。なにも美枝子はわりと早口な人間で、電話番号の語尾があまり聞き取れなかったのです。しかし綾子は興奮を前に適当なダイヤルを回しました。なに間違えたら切ればいいのです。
コールサインが聞こえてくると、綾子は癖であるそれを数え待ちます。やがて、向こうの受話器とる音が聞こえてきました。


----(ネタバレあり)-----



岡江綾子
主人公です。ミステリーというより、サスペンスといえる作品だけあって、探偵っぽい動きではなく彼女は執念で自ら謎を解き明かそうとしてました。
彼女について思うことは、執念が「もうやばいな」ということと、テレフォン・セックスを趣味とするあたり「まぁまぁの変態だ」ということです。ああいった時代にこの言葉があったのかわかりませんけど、綾子には性依存症とかメンヘラとかそんな匂いがありました。まぁ、その病的な執念のおかげで物語が強引にも解決したわけなのですが。
あとは執念あるわりに、行動が無計画でありましたよね。尾行するときはマスクぐらい持って行けよ! 体売るタイミングそこかよ! そこ見栄はってる場合じゃねーよ! あとは、電話の殺人ならまず電話調べろよ! など、けっこう突っ込みどころがありました。それほどまでに切羽詰まってるんでしょうけど、なんでしょうね……大胆なくせして足を踏み外してる感じありましたよ。原因はプライド、あるいは感情に振り回されているから、でしょうか。
個人的に面白かったのは、商社で電話交換手でありテレフォン・セックスしているその経験が物語後半でちゃんと生きてきたってところです。「声なら自信ある。色気じかけで」というところ、あーもうめちゃくちゃだよって思いました。

美枝子
嘘ばっかりの女性でした。なにが本当なのかってわからないほどに、嘘で塗り固められているという部分、頭いいんだろなと思いましたね。その他の能力は須賀野に甘え極振り振ってるようでして、良く言えばぞっこん悪く言えば玉の輿でした。
賢いというべきでしょうか、その用意周到な殺人準備は綾子の無計画さを凌駕するほどであり、僕も「はぇー」と感心する思いでした。アイデアは須賀野だとはいえ、きちんと計画をこなしたという部分が美枝子のすごいところです。加えて勘もよく、綾子が美枝子の実家に行った時、すぐさまに綾子だと気がついた(そもそも須賀野が「妙な電話が来た」という時点で綾子だと気がついていた)ところはさすがといえます。

須賀野
結構どろどろした立ち位置にいました。妻(良江)と結婚することでいいポジションについたのに、妻(良江)が問題ある人で、さらには愛人(美枝子)と一緒に妻(良江)を殺し、アリバイ工作して、立ち位置はそのまま愛人(美枝子)との生活を始めた、という罪深き人です。
彼についてはナチュラルなクズっぷりを感じさせました。社内ドラマでたまに登場する、成り上がりクズ野郎みたいな匂いを感じさせます。けどまぁ、イケてるようにも思えました。ああいうのがモテそうな感じしますよね。
ところで須賀野と美枝子の相性は良いのか悪いのか気になるところではありました。最中、綾子に「あいつは無教養だ」と愚痴を言ってるとこあったように、綾子の思う通り美枝子は頭がいいとは言えないようですけど……たぶん、その差がいい感じになっているんでしょうね。まぁ、二人とも逮捕されましたけど。

その他の登場人物について
まず警察、あの二人からしてみれば、綾子に捜査を撹乱させられた(実際は美枝子がやったのだが)事件になったと思います。けど有能であり、綾子に対する違和感かあるいは刑事の勘か、どちらにせよ推理調査をして綾子救出という間一髪セーフを導きました。やりますねあの方たち。
次に村井、須賀野が上品なクズだといえば、村井は下品なクズでした。彼に関することはとくになく、ただただ低俗な人間なのだと思いました。協力しようとしてくれるその姿(目的は別ですが)が狡猾な印象を受けるほどです。
いや村井はどうでもいいんです。そんな村井が居るアパートにて作中一番の良心が登場しました。そうです、あの村井と綾子の性行為中に現れたあの凶暴そうな大男ですよ。
綾子は「裸を見られた」と被害妄想爆発させてますけど、大男は綾子を眺めるだけで特に体に触れることなく、綾子に注意して去るんですよね。彼がただたんにきれい好きなのかもしれませんけど、あの状況を考えてみて「俺、紳士だよ」という須賀野と対照的に思ってしまいます。
あとがきを読むに、島田荘司さんは別作品にキャラを登場させることがあるとあります。つまり彼は別作品の人物かもしれません。(名推理)

物語の展開として
この物語の面白いところは、電話に始まり、電話に終わっているところです。初っ端と最後のシーンもなかなかに似ていて(と言うかほぼ同じ)それで殺されて(演出)あるいは助けられています。物語としてもそういうふうにしているんでしょうけど、個人的には綾子も美枝子と負けず劣らず人を利用しているという展開が気になりました。人を踏み台にして先に進もうとするそれは、美枝子も綾子もなんら変わらないように思えます。それを踏まえて、綾子と村井、美枝子と須賀野は似た者同士とも思えました。
そんなどろどろとした復讐劇に、わりとちゃんとした(失礼)トリックに展開の不気味さ、それがこの物語の魅力なんでしょうね。

【まとめ】
ジャンルはなにかと言われたら、サスペンスになるでしょう。(悪趣味な)テレフォン・セックスから始まり、やがては殺人事件まで。タイトルから僕は、ストーカーに襲われる話かと思ってたんですけど、逆に主人公がストーカーしている話でした。
綾子も最後、神懸かり的な警察突入があったからいいものの、あれ普通にやってたら死んでましたよ。いろいろ調べあげてやっと家を特定して、ドヤ顔で色気じかけで須賀野を落とそうとしてたのに、本当は美枝子の手の上で踊らされてたなんて……綾子は身体的にハメられて、策にもハメられたようです。
とはいえ、この話のきっかけは綾子がテレフォン・セックスしてたところから始まってます。本人にとってはちょっとしたスリルのはずが、泥沼や面倒事に巻き込まれるパターンはこの綾子に限らず、身近にあるように思いますね。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」という言葉を思い出しました。

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