とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

高瀬舟

68冊目
たしか教科書にあった作品です。
私的なことですが最近Kindleアップデートしまして、青空文庫の一覧ができたようでして、これはそこで目に留まった作品のひとつです。

高瀬舟

高瀬舟

高瀬川を行き来する高瀬舟という船がありました。高瀬舟は遠島を申しだされた罪人を乗せ、京都から大阪へ回るのです。
遠島を申しだされているだけあって高瀬舟に乗るのは重罪を背負う罪人なのですが、なにもいたずらに人を殺すような獰悪な罪人ではなく、なにか間違って過ちを犯してしまった人が乗ることが多いのでした。
だからか罪人を護送する高瀬舟には、罪人の親類を一人だけ同船することが上に通らなくとも黙許されていたのです。

羽田庄兵衛は護送役の同心として、弟殺しの罪を着せられた喜助という男とともに船に乗っていました。
庄兵衛は喜助について弟殺しということしか知らず、親類もいないので同船している人から会話を聞いて情報を得ることもできず、彼の外見以外はそれ以上もそれ以下も知りません。けれども庄兵衛は喜助の雰囲気に罪人らしからぬ異変を感じていました。
庄兵衛はそれがどうも「不思議だ」と思いながら「さぞ弟が極悪人だったのだろう」など予想するのですが、とれとて人を殺めたとは思えないほど喜助はいきいきと晴れやか過ぎるのです。
気になって仕方ない庄兵衛は、今にも鼻歌を歌いそうな雰囲気を出している喜助にその訳を聞くのでした。

----(ネタバレあり)-----

高瀬舟に乗って向う先
罪人は高瀬舟に乗って大阪に行くとありました。遠島というところから「島流しの刑」とやらを想像したのですが、いかせん僕の知識があれなのでよく分かりませんでした。
個人的に京都から大阪に行き……の、その先が気になったわけです。大阪でなにが待っているんでしょうかと、お金を渡されたとなると「新しい場所で心機一転生きて行け」みたいな感じなのでしょうか。
ここ、そのときの時代背景が詳しかったら分かるんだろうな、と一人悔しい思いをしてしまいました。物語最後にオオトリテエとかお奉行だとかあったので、この後に裁判でもするのだろうか? というぐらいしか分かりません。
まぁこれら詳しくは個人的に調べてゆこうと思います。

羽田庄兵衛
彼は護送役の同心という(同心とは江戸幕府の下級役人の一つ)見回り係的なものらしいです。
本来ならもう一人、喜助の親類が同船予定だったのかもしれませんけど、喜助は親類がいないため一人のようでした。だからこそ庄兵衛は喜助についての妄想が勝手に膨らんで聞いてしまうという形になっていたようです。本来ならこれ業務外のことでしょうし、よほど喜助が気になったのでしょう。
そんな彼は、物語終盤あたりで自らの境遇を「喜助と同じようなものではないのか」と問いかけます。客観的に見ても、喜助と庄兵衛は似てるといえますが、毎日必死に働いて家族を養うだけですごいと思いますよ。子供を4人養っているんですから、尊敬に値しますし誇っていいと僕は思います。まぁ気がかりなのは妻が浪費家だということでしょうか。

喜助
彼は両親がいない状況で、弟と二人暮らしをしているようでした。それゆえにお金に困っていたようで、借金を返すだけで精一杯だというう状況に陥っていたらしいです。
つらいのが弟が働けない状況だからこそ、負担が喜助に大きくなっていて、弟がそれを負い目に感じているところであり、そしてそれがどうしようもないというところでしょう。
たとえ喜助が勤勉で働き者でも、借金は解消されること無くずっとついてきて、喜助はそれを返済するためにまた働く……という泥沼状況が痛々しいものでした。

喜助が晴れやかな理由
喜助が晴れやかな表情をしている理由というものは、貧困で借金に追われていたからこそ、ただただ現状(ご飯が出る、手持ちにお金がある)に感謝感謝しているということでした。もちろん弟を殺してしまった自らの反省をしているようですけど、それ以上に今が恵まれていることがうれしいようです。
喜助が高瀬舟に揺られているときって、今までがつらかったからこそ、小さな慈悲がとてつもない幸福だと思えてる状態なんでしょうね。ホームレスが盗みをして刑務所に入ったら、屋根があってご飯食べれて「サイコー」ってな感じでしょうか。
うーん、小さな喜びに感謝するということはいいことだと僕は思います。そして喜助にいたっては、真面目に慈悲を受け取って、真剣に感謝してるんですよね。さらに礼儀正しいですし、卑しさもないですし、どこも悪くないんですよ。むしろ良いぐらいです。悪くないんですよ……。

弟殺しの罪について
喜助が犯した罪というもの、「弟を殺した」というものでした。しかし弟は自らを責めて自殺をしようとしていただけで、喜助は自殺の手伝いをほんの少ししたに過ぎません。
もしかしたら喜助こそ気がついていないものの、その弟が瀕死の状態を見て「しめた」と卑しい気持ちが起こったのかもしれません。けど、どちらにせよ助からない、お金もかかるし、苦しさから開放させてあげたい、などごちゃごちゃとした考えから弟を殺すという選択をしたということだけなんですよね。
喜助の境遇やあと究極的な状況、弟も願っているというあの場を考えると……ある意味で弟の苦しみから解放させてますし……うーん、悪いというか、良くはないんですけど。うーん。人殺しなんですけどね……。

なにが悪いのか
この話で悪いものを一つ挙げるなら貧困だと僕は思います。むしろ貧困さえなければ、このような事件は起こらなかったんじゃないかなとすら思いますよ。まぁでも、だからこそ「貧困な人を国が助けろ」などとは言えません。なにせこれはそういう話じゃないですし、少しの罪悪感があるなら弟は遅かれ早かれ憂鬱になっていたでしょうし、自殺とまでは行かなくても「何か」あるかもしれませんでしょうし。
あともう一つ挙げるなら、喜助とその弟が余りに真面目すぎるというということでしょう。それが彼らの良さでもあるのですが、もし喜助が弟さんがもっと人を頼っておけば、もっと卑しく乞食みたいなことをしておけばなんとかなったかもしれません。
しかしけれども、そういった余裕の無さが要因となって弟が死んでしまったのでしょうか。
結論からすれば喜助はクロなんです。けど、弟を助けてあげたいという気持ちだって本当でしょう。けれども殺人したのは確かですし、喜助もそれを納得しているんです。だからそれでいいんです。……といえないのがこの作品のようです。

それから
喜助が話すだけ話して、むしろその生真面目さから生んでしまった悲劇とか、合理的な選択でもどうしても起こってしまった殺人とか、少しのお金で心の底から喜んでいる喜助の健気さは、誰もが何が正義なのか、なにが正しいのか悪いのか、彼にどんな罪を与えるべきなのか、という考えを読者はどうしてもめぐらすことになります。
希望的に見れば喜助は誠実なために無罪となって、大阪で働くことができてそれなりの普通の生活ができるイメージもありますが、一方でそこで厳しい刑罰を受けて人生終了なんてこともありえます。
あとは仮に無罪でも弟殺しといううわさが広がって、生きにくい人生になるということだって十分にありえます。たぶんこの話で読者が思うのは結局、ご奉行に任せるという庄兵衛と同じような考えになると思います。僕も結局はそれでした。
けれども、喜助に幸あれとも思ってます。

【まとめ】
感想としてはそういうわけなのですが、すこし趣向を変えた気になる点が一つありました。
それは喜助が弟を介錯するシーンがわりとグロいということです。色鮮やかに、生々しくそういうシーンを書いているものだから、教科書で読んだときもこんな感じだったっけ? と思ったりしました。まぁまぁグロテスクなシーンでしたけど、いや、どうだったっけな。(詳しく覚えてない)
この作品も一種のメリーバットエンドってやつなのでしょうか、あるいはどうなのか……。ともかく、『HUNTER×HUNTER』という漫画の「正解は沈黙」という有名な答えを思い出しました。

高瀬舟縁起

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山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫)

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