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とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

氷山の南

池澤夏樹 冒険小説

82冊目
南極の氷を船で運ぼう!

氷山の南

氷山の南

フリーマントルに来て三日目、18歳の青年、ジンは港に近い公園の木の影から道路先の建物を見ていました。建物プレートには「氷山利用アラビア協会」とあり、ジンはしばらくそれを見るなりその場を後にします。
ジンは公園から出て、錆びた線路を超えて、小さな港に到着します。小さな港には場違いに大きい船(五千トン、南極海で活動すべく改装されたとか)、シンディバードという船がありました。ジンがこれを見に来たのは四回目です。
やがてジンは暑くてその場にいられなくなり、駆け出し、ビーチで時間をつぶし、街に戻り、さらになにげなく見つけた画廊にふらりと立ち入ります。
画廊にはオーストラリアの先住民(アボリジニ)の絵画がかさってありました。ジンはそれをざっと眺めていると、一枚のヘビ? のような絵に出会います。
「どう思う?」
気がつかない間に後ろに居た色黒な少年にジンは驚きながらも、「いい絵だけど抜群に上手いわけではない」と正直に感想を言いました。少年は「わかった」と認めるので、ジンは「君は画家なの? もう一人前なの?」と聞くと「そうだよ」と答えます。
ジンは彼に嫉妬をします。自分より若いのに、したいことを決めて仕事にしている、と。
ジンは少年に「絵葉書は送れる? お金預けるから郵送で」と聞きます。少年は「送れる」と答えるので、ジンは少年の出されたメモ帳に住所を書きました。
少年は聞きます「これってあの船?」
ジンは「うん」と答えました。

そしてジンは船に密航することを決心します。ただ「南極に行けばなにか見つかるのではないか」、そんな期待を持って。

---(ネタバレあり)-----


ジン・カイザワ
ジンくんこと仁くんはとにもかくにも有能で、潤滑油みたいで、動くところは好転(たまにやらかす)していて、そもそも密航する度胸と行動力があって、加えて英語ガンガンしゃべれて、知識経験豊富で……すばらしく有能(二回目)な人物でした。
彼の目的は「氷山を見ること」そして氷山を見ることで「なにか人生が変わるのではないか」というもののようです。この理由に関しては子供っぽい感じしますね。
子供っぽいとか言ってますが、密航が成功して見つかってどうなるかと思ってたころ英語で演説したとき、もう、「こいつ、できる……!」みたいなこと僕思いましたよ。もうすでに凄みを感じました。
凄みは衰えず、おまえほんとに18歳かよ! といいたいことがこの後続きます。僕は彼が今後どこに向かうのか、彼の今後が気になりました。

氷山を運ぶという巨大プロジェクト
世界は水不足である←わかる だから水不足を解消するため氷山を運ぶ←!?!???!? みたいな感じです。
「氷山を…運ぶ…?」と読者の僕は思っていたんですけど、DDは(ドクダー・ドレットノート)それを確信を持って「できる」といい、族長(オスマン・アブデル・カーデル)はそんな夢物語な計画にお金を出しているらしいです。(いくら出してるんでしょうか、予算気になります)
まぁプロジェクトができるできない、予算の話はどうでもいいです。僕がプロジェクトで注目したところは、参加者(船に乗っている人たち)の文化が見事にバラバラだというところですよ。
この話の根本的な問いかけに関わる宗教や、食文化、さらには研究内容(学者の場合)も違うって言うのに、それぞれが共存して、互いに食事して、話し合って、ジンの新聞のインタビューに答えていて……いろいろあったので「平和」といったらあれですが、ここに人類が目指すべくなにか大切な「もの」があるような気がします(と言ったら話が大きくなるだろうか)。

船の上で生活する研究者たち
たのしそうでしたね。いろいろ刺激になりそうな、それでいてある意味観光みたいな感じもしました。研究者はおそらく普段できないような状況で研究できるのだから、うきうきしてたのではないかと思います。僕だって眺めててうきうきなのだから、研究者はほぼ確実にウキウキしていると思います(確信)。
気になるのはどうやって機材を運び込んだのか、というところですかね。船の上は揺れるとあって、食器とかは船専用の(プラスティック製かな?)とか、寝具とか、そういうもともと船のものはいいとして、たとえばアイリーンの顕微鏡とか揺れて壁に当たった打だめになりそうな高価な機材ってどうやって扱ったのか気になります。
ああいう精密機械など、固定なんてことしたことない人も居るだろうから、うっかり破損なんてこともありえたはずです。プレパラートなんか別にいいですけど、もし高額な機材と思うと気が気でなりません。それに研究材料がバラバラーなんてこともありえたわけで、研究者たちの生活も気になりました。

隕石
氷山の到着まで割と早かったですよね。150ページ目あたりでもう氷山の上に立っているのですから、「あ、もう帰り道?」とか思ってました。
そういえばここら辺でジンが隕石を見つけました。あの隕石はたしか「始原的隕石」といって、なにも星とかにならないビックバン(46億年前)の名残らしいです(スケール大きすぎて意味わからない)。物語後半、この隕石についていろいろ研究するのかと思えば、ここぞという場面で出てくる悟りアイテムみたいなものになっていましたね。(ある意味研究してるといえるかも)
読んでいる僕からすればこの「46億年前」という数字がトンデモなく大きなものに見えて「は?」となりました。そして始原的隕石という存在について知り「へぇ~」となり、それを拾うというジンの幸運が「すげー」となり、さらには「これで私も共犯者」とか言いながらイチャイチャする二人に「え?」となりました。
つまりなんというか、ここら辺の展開はロマンありますよね? という話です。

氷の上でキャンプ
ここら辺で「氷山の上でキャンプしよう」みたいな話になっています。ここはいわゆるちょっとした余談みたいな展開になるのかなと思えば、なんと吹雪に襲われて心理学者(ジャック・ジャクソン)が言っていたリーダー論的な展開になっています。
一緒にキャンプした詩人がまた問題児で、それがまたいい味出してました。詩人は無能と笑えながらもヒヤヒヤする展開に、ジンがカバー、抜群のリーダスキルを見せていて「さすがジン!」と僕は心の中で思いました。(彼、18歳ですよ)
この後ある吹雪の中でのストーリータイムもおもしろかったですよね。
彼らのどれが一番面白い話題だったかと言われたら、なんて選べないところですが、強いてあげればローズマリー先生の「氷レンズ放火事件」が一番ですかね。次いでブルースの「南極の柱」、同じくリンゴ(すみません名前覚えてないです)「ゾッとしたい男の話」もよかったです。このホラーに反応するクレアさんとローズマリーさんも良かった。
この談義では「雪や氷について話そう」と誰かが言い出して、きちんとそれぞれ個性溢れる会話になっていて、一つの空間としてまとまっているというのが……あそこ「作者さんすごいなぁ」と僕は思いました(小並感)。
そういえばここにアイリーンも参加してるんですよね。そしておそらくほぼ確実に「リーダーシップ発揮してるジンかっこいい」なってそうですよね、あんまり発言しなかったですが。
さすがにアイリーンの「雪豹見に行く? 一生かかっちゃうかもよ?」の質問に「行くよ」の即答には「ヒュー」でした。雪山その他モブたちにまぎれて僕も「ヒュー」言ってました。

北へ
ここらへんであの少年(ジム)から「来い!」という絵葉書が届きます。
「おいおいどうやって会いに行くんだよ。お金ないだろ」という僕の心配もつゆしらず、ジンは普通に飛行機に飛び乗りフリーマントルに到着して、金が足りない……と気がついて→ヒッチハイクしよ! みたいな発想で即行動に移っています。(ここさり気なく数十分待ったとはいえ、一発で目的地行きのプライ・プーバー引くのすごいですよね。これが主人公補正……)
かくして目的地に到着したわけですが、ジムはなんと「いまこい」と言っているわけではないのでした。(えぇ! ですよね)
けれども親友との再会、話題は盛り上がりまくったようで(はじめは無口だったものの)帰るときには惜しむ互いがまた、いい感じでした。あの雰囲気(中学生の友達と別れるのが惜しいような感じ)が出ていて良かったです。
ジム経由で出会ったおじいさん(トミー・ムンガ)もいい味出していました。
彼は悟りとはなんだ(アボリジニのカントリーについて)話してくれ、このあとのジンの考え方を基本となる難しいことを言っています。
実をいうと僕も半分ぐらいしかまだ理解できていません。けれども言っていることは仏教に近いかなとか思いましたね。というか、作品全体が仏教っぽいような気がします(これは個人的に思うだけかもしれません)。
まぁそもそもアボリジニ仏教が関係しているすらわかってないのでなんともいえませんね。ただそういう地方の考え方、そういう「大切なこと」を考えている人たちが減ってゆくのが現在が悲しいな、とここらへんで思いました。

アイシス
アイシストはこの物語の「敵」みたいな存在になっていました。ジンは「無宗教」だからこそ、アボリジニの考え方や、アイシストなどの考え方に終始揺れているようで、登場人物もちょくちょく(アイリーンなど)アイシストの傾向を見ているのがこの物語の面白かったところですよね。
そういえばアイシストといえば、あの心理学者(ジャック・ジャクソン)がスパイみたいなことをしていました。僕、まったく気がつかなかったわけですから、ジンさんの名推理(というか消去法ですけど)には感心しましたよ。
スパイなのに無害というところがまたややこしくくも、アイシストっぽくていいですよね。

ジムと大人になるための試験
言葉を口にしてはならない、断食、断水などそういった極限状態に彼らは自ら立っていました。極限状態といえば、第三の男というフレーズがこの作品で出てきましたが(また心理学者)、その第三の男などという存在が出てくるのかと思えば、別にそんなことはなく、隕石をトリガーに悟りの境地に達したとかなんとか、彼らは飛んでいきました。
不思議なのはそこにアイリーンが居たことです。ジンの悟りに行き着くまでの光景かと思えば、アイリーンも夢で見ていたのだから驚きですよ。あの時、幽体離脱的なことが起こったのでしょうか? 人体の不思議ですね(なんとなくまとめる)。
ここらあたり、淡白な文体ながら大切なことが書かれてる気がするんですけど、これを言語化したら無粋な気がするし難しいのでここら辺にしておきます。

ラブロマンス
この話の主人公ジンとヒロインのアイリーン二人のロマンスはなかなかドキドキしました。最後結ばれて良かったです。というか結ばれなかったら「いままでなんだったんだ」、と抗議するぐらいじりじり寸止めで焦らされてましたから、よかったこれでハッピーエンドだとすっきりすらしました。
ところで、この物語は新聞の連載小説なんですよね。だから唐突なキスシーンやら、アイリーンに誘惑されるシーン、さらに最後は性行為まで行なってますけど、ああいうジンとアイリーンとのいちゃつき朝っぱらから新聞で見てた人が居るのだと想像するとおもしろかったです。
いちゃつきに関して、周りの人(物語の中の人)はどう思ったのでしょうかね? イチャイチャしやがって、と思う一方で「ほほえましい」と思う人もいたかもしれません。あのうわさが過剰に出てくるあたり、「アイリーンに振られて船を降りた」とかあったのだから、何かしら「付き合っている」が公認されていたのかも、しれません。
あとこれさりげにおねショタってやつですよね。いいですね。(小声)

計画は失敗
計画は失敗してしまいました。族長による資金集めと、次はいつするのか、など話し合いが終わりあたりでありました。
この「失敗」という展開がこの物語の余韻をより良くしているような気がします。失敗して落ち込んでいる人もいれば、もうすでに前向きな強い人たち(DDなど)が「次こそ成功させてやるから」とか言ってたり、けれども失敗して落ち込んでいたり、そういうごちゃごちゃしているのがいいんですよね。
あと最後の最後、アイシストへ手紙もいい感じでした。アイシストを否定した上で学びがあったと述べる主人公、なんだか成長したな。(とか思いましたけど、ジンはしょっぱなから有能でした)
今後どうなるんでしょうね。ジンがアカデミックに入学してどうしたか、とかも気になります。

参考文献
今回も(僕のために)後ろにあった参考文献を挙げていこうと思います。

Frozen Oceans: The Floating World Of Pack Ice

Frozen Oceans: The Floating World Of Pack Ice

南極大図鑑

南極大図鑑

氷の科学

氷の科学

流氷―白いオホーツクからの伝言

流氷―白いオホーツクからの伝言

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)

アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声

アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声

アボリジニ美術 (岩波 世界の美術)

アボリジニ美術 (岩波 世界の美術)

ラディカル・オーラル・ヒストリー―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践

ラディカル・オーラル・ヒストリー―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践

※英語の参考文献はあっているか不安です。
※『わたしの流氷』は北見工業大学の図書館にあるらしいです(Amazonでは見つけれませんでした)
URL:北見工業大学図書館 » 流氷
※なお276~277ページの「万物照応」の福永武彦訳と279ページに引用されている詩(永池未麗さんが小学三年生で書いたもの『サイロ』)は上の参考文献に含まれていません。

【まとめ】
気がついたでしょうか。この話の舞台は2016年なんですよ。つまり今年、今年の話なんです!
それがまた、特別感があってよかったです。現に今行われている事業、なんてことはないかもしれませんけど(調べてないから分からない)、こういう活動どこかでしてたらいいですね。
あとこの本とにかく厚く(547ページ!)読むのにとても時間がかかりました。けれども文体が読みやすいんですよ。だからさらさらとさわやかに読めました。それでいていろいろな要素が詰まっているような。ワクワクもしました。
冷たくて熱い本という表現がぴったりな本だと思います。

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