とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

彼女がエスパーだったころ

86冊目
倫理的な問いかけがたくさん

この本には『百匹目の火神』『彼女がエスパーだったころ』『ムイシュキンの脳髄』『水神計画』『薄ければ薄いほど』『沸点』の計6作品が収録されています。
どれも倫理的な問いかけ「それは本当に正しいことなのか?」みたいな要素も含まれていて、単調な言い方ですが「考えさせられる」本になるかと思います。

内容としては主人公のわたし(ジャーナリスト?)がいろいろ取材して回る、というものです。それぞれの作品でただ取材してい終わるわけではなく、物語を経て主人公もいろいろあったりして、前回の短編で出てきた人がひょこっと出てきていたりします。
それぞれざっとあらすじを書いていきますね。

『百匹目の火神』:ニホンザルが唐突として、「同時」に火を使うことを覚えた。なぜサルが火をつけることができるようになったのか、を調べていくと一匹のサルに行きつく。人間はそのサルを歓迎するのか拒絶するのか、考えている間にもサルによって民家が放火される事件が続いていた。
『彼女がエスパーだったころ』:千晴という女性がいた。千晴はプログラマとして働いたが、勤め先がブラック企業がゆえに反発し、愚痴を言う動画を投稿する。問題は企業の愚痴を言うことより、彼女によるスプーン曲げについてだった。よって時の人となるのだが、問題を起こして消えてしまう。わたしはそんな千晴に興味を持ち接触してゆく。
『ムイシュキンの脳髄』:ロボトミー手術というものがあってしばらく、科学は進歩して脳をピンポイントで破壊できるメスがが開発される。そしてオーダーメイドの手術(オーギトミー手術)が完成した。無為というバンドボーカルはDVを常にしており、このオーギトミー手術をする事になった。結果は成功し、無為は無害な人間に生まれ変わった。
『水神計画』:わたしは机の上にある水の入ったビンを眺めながら過去を思う。その水とは「声を投げかけることで浄化された水」というもので、わたしはその水を作る計画を取材する内に事件に巻き込まれた記憶を思い返していたのだ。
『薄ければ薄いほど』:死への妨げになるからという理由で記録を禁止された「白樺荘」での取材を発表することに至ったのは、そこにいる最後の人が亡くなったからだった。白樺荘とは終末医療をするホスピスであり、「量子結晶水」というほぼ普通の生理食塩水を薬として飲ませていた、いわば自殺援助していると言われても無理ない場所だった。けれども患者は皆「ここいいるのが一番幸せ」と口を揃えて言う。
『沸点』:わけあって仕事を辞めたわたしは、別の職場で雑務をこなしていた。前の仕事もいいが今の仕事も好きになりかけた頃、千晴から連絡が入る。わたしは千晴に会ってみれば、千晴は「アルコール依存症の友達が妙な匿名会に通っている」と言うので、その妙な所(ホロシロフの匿名会)を調べることにした。


----(ネタバレあり)----

百匹目の火神
火を覚えたアグニというサルが登場する話でした。アグニのせいで(多分本人は好奇心で火をつけたんだと思いますけど)サル殲滅に向かってしまい、さらにサルも反抗して……など、もうめちゃくちゃな様子が書かれてありましたね。
文体にしてみると内容は簡単ですけど、思い返してみればこの物語の核は「サルが火をつけたらそれはなんなのか?」という討論の賛成反対がつらつら続いてあったような記憶です。
個人的に面白かったくだりは、サルが街を襲ってきた時にカラスが味方してくれた辺りですかね。どうなるんだろと思ってたら、味方ができた、じゃなにか→カラスという流れがなんだかおもしろかったです。
あと最後の幼児死亡率2%と25%の話、あれ僕は「サルと人間は本質的には同じ」みたいな理解だったんですが……どうなんでしょう? うーん。(あそこだけ理解が及ばなかった)

彼女がエスパーだったころ
本作ヒロインであろう千晴が登場します。ここの千晴はまだ精神が大人になってない頃のようで、なにかに依存しなければ生きていけない(すがらなければならない)ようでした。
千晴がいろいろあって不安定なのはわかるんですけど、ここで登場した駒井もなかなかメンヘラ的な匂いが感じましたよね。とはいっても駒井も千晴と出会った頃は普通の人だっただろうし、なら千晴の不安定さが移ったのではないか、とか思ってました。本書後半、千晴は精神が安定していました。ここで思い出すのはやはり駒井、あのあとどうしたんでしょうかねぇということです。アルコール依存症になってなければいいのですが。
あと、終わりあたりに千晴が鍵を直して「元通り、まっすぐとはいかない」と言うシーンよかったですよね。人間の複雑さと繊細さが現れたいい演出だと思いました。あの辺りが個人的この本ベストシーンです。

ムイシュキンの脳髄
ロボトミー手術というものは知っていて、それを電子メスでどうにかするという展開は「それっどうなの(成功するの?)」という気持ちでしたが網岡くんは普通に成功しているようでした。
成功ならいいのに、世間や網岡くんの周りの反応はいろいろでしたね。一言でいえば「戸惑い」といえるようで、一番彼女であったかなえが反応に困った上に「昔に戻って」と言った挙句別れています。
ここらあたりでわたしは網岡くんと接触しているようでした。だからこそ網岡くんが一人でいることを「自らの罪と罰」と理解して(僕もそうです)いたのに、まさか孤独を自ら作り上げ「暴力性をもう一度取り戻そうとした」という展開が物語としておもしろかったです。(6作品のうち唯一のミスリードかも知れません)
その復活させようとした結果として、網岡くんはなんと暴力性を復活させています。脳の機能を失っても取り戻そうとすればできるんだ、という可能性を感じられましたね。愛は人を変えるんです!(悪化)。

水神計画
ありがとうを集めるなんて胡散臭い(正直)と思っていた通り、胡散臭い計画(むしろテロ)を行う女性に巻き込まれる男性陣の話でした。
浄化水というかそういう「ものを綺麗する水」というだけならまだ、まぁ、分かるんですけど、まさか声(の波動)で水の性質を変えるなんて改めて考えても(考えなくても)「それやべーだろ」って思いますよ。当時わたしの彼女から教えられたというなら、たぶん水素水ぐらいは有名な存在だったんでしょうかね(適当)。
この作品ではわたしにハニートラップがあったり、脱水して死にかけたりなど恐ろしいことがありましたが、一番恐ろしかったのはやはり海上に作った原子力発電所の事故が起こるくだりです。
あの事故たしかヒューマンエラーだったんですけど、それを引き起こす大きな原因となった(運用後に選ばれて、港の受け入れを拒否し、さらに拒否し続けた)県知事という一人の存在があぁ恐ろしい。あの辺り、さすがに僕も「は?」ってな感じになりましたよ……。
素直に受け入れて、適切にメンテナンスしてたら問題は起こらなかったのに「無能な働き者」の県知事のせいであーもうめちゃくちゃだよ。って感じでした。

薄ければ薄いほど
病気末期患者たちを集めて「最後の時」を過ごす場所の話でした。この白樺荘の特徴は「何も残さないことで、死を受け入れる」というところにあり、僕は「なにも残さないことで、死を受け入れることなんてできるのか?」とか思いながら読み続けていました。
この作品において、事件が起こるそれは自殺でした。しかもわたしが書いた記事によって自殺(白樺荘が波乱)しているようで、なんとも言えない(原因作ったのおまえかよという)気持ちににさせてくれます。
その雑誌を読む民衆も民衆で(量子結晶水に対し)「なんも意味ないんだ!」と言っておきながら「人それぞれだから」という無責任さには頭を抱えました。かすはの言うとおり「薄っぺらい」というのが突き刺さるどころが、えぐってそのまま致命傷にしてるレベルですよ。
けれども外部から拒絶しているおかげで白樺荘にいる人達はそれを知らず、みんな穏やかなのがとても良い感じでした。あの場所は静かで穏やかで満たされた空間なんだろうな、とそんな想像をしながらあの場所を考えていました。
僕、本書のなかではこれが一番好きですね。自殺援助やら末期患者やら不穏な単語がありながら、終始穏やかな空気で満ちていたような気がしましたから。

沸点
まさかなぁ、穏やかな空気をぶち壊しにする登場人物が出てくるとはなぁというのが正直な気持ちです。話としては面白かったんですけど、いやまさか最後の最後で洗脳乱交パーティ出てくるなんて思いもしませんよ……(白目)。
この物語に登場するホロシロフという人物ですが、「日本女を抱くのは楽」と情報発信するぐらいは女の子すきすきーな人でした。そんな人がアルコール依存症の女性を集めてすることなんて、怪しい以外にもなにもないですよね。
ただわたしは「実際にアルコール依存症を治した人がいるかもしれない」と様子見をしていて、一方で千晴は「見てくる」と行動に移っています。これがきっかけでやっとわたしが動くことになるのですが、わたしは実情(乱交を)を知ったうえで「保留」という選択をしています。あげく「性は人を蘇らせる」などホロシロフの考えに一致したようなことを言ってます。
僕はここらへんで「いや、え? いやまぁ(困惑)」とか思ってたんですけど、そこにイェゴールが「難しく考えすぎ」とバッサリ言って「やったぜ」と思っていたら、わたしは「しかし……」ともぞもぞ答えるものだから、イェゴールは先に調べて通報したんですよね。僕はこのとき「やったぜ」と改めて思ったんですけど、まさか集団自殺してしまって……イェゴールは塞ぎこんでしまうんですよ……。もうホロシロフに対して「なんなんもう」でした。いや、なんなんもう。
とはいっても僕自身、たとえ実情を知ったあのわたしの立場にいたとすれば「保留」を選んだいたと思います。たぶん悩んで保留か、通報か、どっちかですかね……。まぁ、同僚に話すことはないとは思いますが。
ところで最後、千晴がテレポート(?)してわたしの前に出てきて物語が終わります。あれ、ほんとにテレポートしたんですかね? どうなんですか!

【まとめ】
この小説はSF小説に分類されるらしいですが、個人的には幻想小説あたりのほうが近いかなとか思いました。エセ科学を詰め込んだらSFよりも、都市伝説含まれたオカルトっぽい話に感じるのだからおもしろいですよね。
あと上に書いたんですけど、やはりこの本は「考えさせられた」という文章に持って行きやすい本だと思います。「倫理的提示」みたいなものを各種してくれているので、例えば議論したい時の議題とか、あと読書感想文とかに使えそうだなぁとか思いました。