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とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

幻夏

太田愛 サスペンス

87冊目
腐敗した権力によって起こされた悲劇の末路

クリスマスも近くなったある冬の日、鑓水七雄の元に一本の電話かかります。
鑓水は「嫌な予感がする」など思いながら電話を取り、相手の女性「子供が居なくなったんです」という依頼を元に依頼主に会ってみることにしました。
依頼主(水沢香苗)の家に到着するなり、香苗は「こちらです」と探すべく子供の部屋に招き入れます。
ここで鑓水は異変に思います。目の前にはなにげない子供部屋ですが、よく見ると子供部屋にあるカレンダーは23年前の9月だったのです。
「あの、お子さんが居なくなったというのは、いつ……」鑓水は聞きます。「尚が居なくなったのは23年前の9月2日です」香苗はまるで昨日のことのように答えました。
どうしたものかと、鑓水は頭を抱えます。依頼を受けるのか、断るのか、そもそもこんな個人興信所を訪ねてくるのだから相当思い詰めているのではないか、など迷っていると、香苗は「依頼費用は前払いで」と封筒を渡してきました。中を見ると束が三つ、つまり300万円を渡されたということになります。
驚いた鑓水は硬直してしまいます。一方の香苗は「手元にある情報はこれです。あとは、家を自由に探してください」と言ったあと、「連絡はこちらからします」と家の鍵を渡して家から出て行ってしまうのです。
放心していた鑓水は引き受けたことに気がついたのは、しばらく後のことでした。


----(ネタバレあり)-----



依頼してきた謎の女
一通り読めば理にかなっている行動なんですけど、依頼してきた時の香苗は「奇妙」以外の表現が見つからないぐらい奇妙でした。そもそも23年前に行方不明になった子供を探して、ならなんとかわかっても、300万ぽんと渡して「部屋は自由にしていい」と言って去るのだから狐につままれたような気がしてしまいますよね。
実際あの場に居た鑓水も「え?」ってなってたと思います。けれども300万の重みは確かにあるようで、それが現実だろうとかろうじてわかったのでしょう。

こちら側の仲間たち
こちら側にいるのは、興信所の鑓水と修司、あと警察の相馬でしたね。鑓水と修司はふたりとも長所があって補う関係がいいと思ったんですけど、それでも足りない部分があるようで、そこを相馬がフォローしている感じが良かったです(個人的な感想)。鑓水と相馬の二人のついても、まえまえから知り合いしていて、知り合いだからこそある信頼感がいい感じでした。(慣れ合いは触れてなかったですね、たしか)
ちなみに全登場人物の中では修司がお気に入りになります。(次いで倉吉)彼、たしかバイトだった気がするんですけど、今回の事件以外にしても、興信所はバイトにしては危険度高すぎのように思いますよ。鑓水はせめてもの正社員(そもそも興信所に正社員とかあるのか)にしてやって欲しいです。彼女いるんだし。

権力を持つ側たち
いちいち名前覚えてませんけど、(参事官、検察、裁判官と)だいたい3人いました。べつに1人ぐらいはやらかしてもなんとかなっただろうに、こう3人掛けあわせてしまえばとても強力な力となってしまってて、弱い人間にはよく効いてました。
恐ろしいのは「彼らは強いがゆえ弱い人の気持ちがわかっていない」、のと「仕事人であるがゆえそういう部分を黙認している」ところにあるでしょうか。だからこそ今回冤罪という出来事が起こってしまったわけで、こうして考えてみると冤罪は誰にでも起こりうることだというわけで……。こわいっすね。
冤罪の出だしとなった自白については今はどうだかわからない(今も密室で事情聴取しているのだろうか)んですけど、そういうシステムが改善されればいいと思いました。ここ改善されれば健全化への第一歩になりそう、かな?
ところで、最後に彼らの後日談がほんの少し書かれてあります。気になるのはだれも責任を追求されることなく(されたかもしれませんが)、のうのうと普通の生活をしているところですよ。これ、別にそれでいいですけど(むしろリスクマネジメント上手いと言える)、なんかこう、しっくりこないような、けれども展開として現実的であるような複雑な感情を持ちました。

仲間いなさすぎ問題
そういえばですが、相馬がいる警察側は終始味方(黒幕は居ましたけど)が居ませんでしたよね。せめて倉吉くん居ましたけど、あれもう「利用したろ!」という本心(厳密には違う気がしますが)ありましたし、名前が難しい上司(乗鞍さん)に至っては終始疑って部下追尾させて、あげく犯人に(とっさとはいえ)発砲してますからね。(味方い)ないです。
1人でもまともな味方がいれば展開がまったく変わっていたのでしょうね。けれども、その関わりがいいように繋がるのか、あるいは過剰な関わりによってバッドエンドに繋がるのか……これは想像の範囲内となります。

あの夏
長々と、それでもちょくちょくと回想が入るものだから「長い過去だな」と思えば、ほんの数十日程度の話なんですよね。もっといえば夏休みのほんの僅かな期間のみであって、学校生活のことなんて一切出てきません。
おかげで小学生特有の夏の思い出としていい演出になっており、この切ない話をより一層際立たせているような気がします。
あの夏に登場した人たちがそれぞれまったく違った視点を持っていた、というのも興味深い話ですよね。尚にしても、拓にしても、相馬にしても、香苗にしても、それぞれまったく違うことを思っていた……まぁだからこそ悲劇が起こったわけですが。
この悲劇が厄介で、ヒトゴロシと息子に勘違いされて、助けようと拓が石を投げて、たまたま頭にあたって足を踏み外して……みたいな、ちょっとしたループものなら戻ってやり直そうとするレベルにうっかりした偶然が重なっています。もし、もし、と考えてしまうぐらいに、本当に、一つでもなにかちょっとしたきっかけがあれば、なにも起こらない楽しい夏になってたと思いますよ……。

尚と望
同一人物というのは気が付かなかったですね。修司が拓の家に行った時、拓の雰囲気が「想像と違う?」という違和感があったというのは覚えていますけど、あれがまさか尚(もっといえば倉吉)だなんて誰が想像できますか。
その彼の半生は壮絶なもので、後悔から失念の連続のようででした。よって「復讐」のために生きているようなもので、けれどもその復讐とは「人」ではなく「社会システム」に向けられていました。まぁ、でも彼の思う「社会が悪い」といえる事件事故は今の日本でも起こっていることで、言ってることはわからんでもないです。大体は無力感を感じるのみなのですが彼の場合、それが自らの不幸や境遇によってつき動かされただけ、ともいえました。
たしか物語最後で言葉を失っています。以前も言葉を失ったことがあるらしく(ホームレスと住む家を放火されて逃げた時)、また失ってしまったのかと思えば、相馬の一言によって意思疎通はなんとかできるかな? と察する程度で終わっています。
あのまま精魂尽きることなく、墓参りぐらいできるぐらいには元気になってほしいものです。
この後ある回想で分かるように、ただただ普通の少し勇気がある子供なんですよねぇ……。

なにが悪いのか
なにが悪いのか、この話ではたぶん、いろいろ薄い悪意が積み重なってできた悲劇だと僕は思います。つまりそれは社会が悪いということであって、国が悪いということにもなって、どうにも結局は抜本的ルール改正ぐらいしか対策はないようにとも思えましたね。
仮にこの悪い中に正義感と良識がある人が居たとしても、そんな自白させるやら気分次第で判例が変わるやら、証拠を提出しない自由やら、そんなこと目前にしてもなんともできないでしょうし、「もう無理じゃん」という力の抜けるような気持ちになることだと思います。

常盤は自分の判断に間違いはなかったという。それはすなわち法的に罪に問われる行為ではなかったということだ。常盤は、法的に罪に問われなければ、悪ではないと考える自分をまるで疑っていない。この疑いのなさ、自らが他者に与えた痛みに対する見事なまでの無関心さが、犠牲を生み出している現状を、根底から支える力なのだと鑓水は思う。同時に、そういう意味では、常盤のような人間はそれほど珍しい存在ではないのかもしれないとも思った。

【まとめ】
とある一家の悲劇がつらつらとまとめられ、その家族であった男性の復讐するのを止める話でした。どれもただただそれぞれが動くがまま動いただけであって、別にこれが結果という結果を生み出しているだけでもありましたね。
それが切ないとも言えますが、個人ではどうすることもできません。だれもが良くも悪くも社会の一部ってことなのでしょう。
僕がわかるのは、社会は未熟だということ、こういう社会のしわ寄せが及ぶのは弱者だということだけでした。

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