とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

アガサ・クリスティー賞殺人事件

95冊目
受賞作品かと思ったらタイトルなんですよね

この本は5つの編で成り立っています。それぞれあらすじを書いていきます。

『やわらかな密室』:主人公は失意に襲われて旅に出た。旅先は青森、なんとなく恐山を目指していた。そんな主人公の予定とは裏腹に、恐山は現在閉山していると知る。やや落ち込んでいた主人公だが、そんな主人公の元に青年が声をかけてきた。青年は酒蔵をしているらしい、主人公も無類の酒好きだということもありついていくことにした。

『炎の誘惑』:主人公がタクシーに乗っている時、気になる話を聞いた。どうやら泊まれる寺があるという。主人公は「ビジネスホテルで泊まるよりもおもしろそうだ」とそちらに行くように運転手に伝え、ついた頃には寂れた寺が目の前に現れた。主人公は不安に思うのだが、そんな不安を吹き飛ばすほどの気楽なお坊さんが出てくる。ここで主人公は一夜過ごすことになった。

『蛇と雪』:主人公がバスに乗っているとき「兄さん……」と声をかけられる。振り向いてみればまるっきり雪のような女性がこちらを見ており、無意識に声を出したことを主人公は女性に伝える。女性は「お兄さんも黒い服を来ていたので」など言いながら、その兄のことを少し話した。それで終わりかと主人公は思っていたのだが、バスから女性が降りるときに女性は足をくじいてしまう。気をきかせた主人公は女性を家まで運ぶことにした。つい先程の話題が続き、お兄さんのことを話しながら。

『首なし地蔵と首なし死体』:首なし地蔵がある地域にて、首なし死体が見つかった。犯人も捕まり、けれども低俗なマスコミが多少騒いでいる。主人公はそんな曰くつきの場所だとつゆ知らず、「首なし地蔵」が気になってこの場に訪れる。けれども実際には首なし地蔵など訪れた日に公開しておらず、辺りを巡っていると、老婆と立ち会った。老婆はここら辺りを詳しく知っており、いろいろ話してくれるのだが。

アガサ・クリスティー賞殺人事件』:主人公も呼ばれているアガサ・クリスティー賞授賞式のこの日、谷松刑事は面倒な気持ちで部下の竹田とともに代理出席をしていた。作家のパーティーで浮かれる竹田を横目に谷松は浮かれるのも癪だ思っていたのだが、賑やかな雰囲気にやがて飲まれて、それなりに楽しんでいる頃のこと、男性が慌ててこの部屋にやってきてから言う「有栖川有栖が死んでいる」と。


----(ネタバレあり)-----



今回はそれぞれの編を振り返っていこうと思います。


柔らかな密室
たしかテントで密室作ってるとかなんとかでした。答えさえ知っていれば至ってシンプルなトリックといえますが、実際あの場で主人公と同じ立場だったら僕も主人公みたいに腰を抜かせて「は? は?」ってなるでしょうね。
まるで狐につままれた様な気がしてしまう出来事に、経緯からして彼、彼らが犯人だとわかっていても、普通なら有耶無耶に終わってしまいそうです。
ただ主人公は名推理(名睡眠)をしでかして、なんと真相を突き止めています。ミステリに明るくない僕からすれば、このような推理方法など見たことがなく、「夢の無意識が教えてくれるのだ」とか「チートかよ」とか思ったりしましたね。いや、それ言ったら推理小説チート持ってる人いっぱいいるんですけど。
かくして主人公は誰が犯人かとわかったわけですが、名指しすることもなく、決定的な証拠を見つけても見て見ぬふりをします。まぁそういう判断するのも分かりますし、僕だってたぶん黙認すると思いますけど、少なくともいい気分ではないと思いますね。あの後の主人公の様子をもう少し眺めていたいです。
ところで夢の中に登場した日本酒ってなんで現れていたんでしょうか。ほかの事件も夢からヒントもらっているとはいえ、どれもヒントは的確に思えました。なのにあの日本酒だけ無意味に表現されていたような……あれが動機だということでしょうかね。

炎の誘惑
唯一人が死なない話でした。人が死なないとはいえ、仏様が燃えてしまったわけでして、その被害がとても大きいかと思えば偽物で実はもう既に盗まれていたのではないかとかなんとかでした。
いわば悪役ですけど、ここで登場した好空はいいキャラしていると思いました。個人的な話をすると、彼が主人公を凌いで作中一番お気に入りのキャラになっていますよ。
彼のどこが魅力的なのか、という話は一旦置いておいて、寺そのものは円空仏で成り立っているとしても過言ではない状態でした。それだったらまだいいものの、実は盗まれたとか(マジで盗んだ奴天罰落ちねーかな)なんとか言っていて、その(盗まれた)時の好空の絶望はとても痛ましく想像できました。
その絶望からの行動というもの、無駄がなく、しょうがなくやっており、罪悪感にも気が付いたうえで行動しているというのがすごいですよね。そして今回このタイミングを見計らって焼いてしまうという、一石二鳥を選んだのは「賢い」と思いました。けれども……これから先どうなることやら。

蛇と雪
唯一と言っていい女性が出てくる話です。彼女自身犯人だったらしく、そのうえで自白しているようにも(罪を知ってほしい)見えました。
実際そうでしたし、主人公は見破ったうえで彼女の感情を受けとめて(るかどうかは不明ですけど)、一つ彼女のわだかまりを取ったように思います。
どうしようもない殺人の類はたまに見かけますが、この作品もその傾向があるように思えました。兄の昔からの異常っぷりに悩まされ、やがてはお見合いを破談させられたりなど、成長してゆく身に兄という異常な存在が覆いかぶさっているようで、それをなんとか断つために犯行に及んだんですよね。
悲しいことにあくまで正当防衛ってわけでもなく、ただの悪意ある行動(殺人)なんですよ。故に兄を断ち切ろうが彼女は罪悪感で動けなくなってたわけですが……この話の主人公の出会いがきっかけにすこしづつでも、あの恋愛してきた時のように戻って欲しいですね。
そしてここらへんでもう主人公は夢を見ることに慣れてきています。慣れとは恐ろしいもので、「考えるよりこっちのほうがはえーわ(意訳)」みたいなノリで夢の中で推理して、しかも完璧とかいうすごさ。なんで作家なんか目指してるんですか……。
しかし雪の蛇の置物で行く手を阻んで拒否を示し、それに失望させて自殺示唆させた……というパターンは初めてです。こういうトリックもあるんですね。

首なし地蔵と首なし死体
ホラー的な雰囲気がありました。事件といい、展開といい、夢のなかで地蔵様の首がごろんと落ちるときには「ひえっ」となったもので、その首が近づくところはきっとこの本ベストホラーシーンでしょう。
事件のヒントを教えてくれたたえという登場人物がいるのですが、このたえという人物は話し手としてかなり優秀だと思いました。なにせ登場人物の過去の話までしてくれて、それが事件の解決の鍵を示していたのだからお手柄と言えます。さすがプロですね。
この話で気になったのは、主人公は真実をすべて知ったうえで警察に通報するのか、というところです。まぁでも被害者の子供に同情していたわけですし通報はするでしょうけど……主人公肝心なところで面倒になる所あるっぽいですから、どうだか。
あとこう思うのはなんかいろいろめちゃくちゃにしそうですけど、その忠さんが「自分の子供なのか?」と疑っている頃にDNA調査なりするべきだったな、ということです。すれば悲劇的な展開になってたでしょうが、それでも子供の首が落とされるほどにはならなかった……と思います(自信ない)。
いやぁ、改めて考えても律子は恐ろしい女でした。たえの目視(見た感じの印象)は間違ってなかったようです。むしろ正解でした。

アガサ・クリスティー賞殺人事件
終幕にして主人公の終幕でもある話でした。いままで主人公を見てきた限りでは「完璧主義者」というのはなんとなく察することはできましたけど、「不完全の美」にプライドを持っているとは思わなかったんですよ。だからこういう展開は予想外でした。そもそも動機がすでに「狂ってる」と言われるのも無理がないほどに歪んでいます。まぁ警察さんの言う通り、殺人を犯す動機はいろいろってことなんでしょうけど。
ところでここではいろいろな作家さんが登場しました。みんな有栖川有栖さんの死亡に悲しんでいるようで、それでいて「どうして有栖川さんを殺すんです?」などという、ミステリ小説特有の人が死んだ上でのユーモア発揮していたりと、なんかもう最後の話だけ密度高くなかったですかね。
個人的に面白かったのは、メタメタのメタ発言もそうですが、隙あらば有栖川有栖さんのすごいところ褒めるところですかね。本人が死んでるのに、あの作品が良かったとか、あの作品が良かったとか話しだすのだから「ミステリっぽい」とか思いました。これはサブカルチャーとして迫害されてもおかしくない悪趣味ですよ。
作家さんたちが喋る喋る、主人公が犯人だったなんて霞んでしまうほどですよ。まぁでも捜査を多少伸ばし短編を書き上げたというところ、あれさり気なくすごいと思いました。

【まとめ】
ミステリミステリしてる作品でした。きちんと謎が出されて、それを回収して解決している……一つの証明問題を眺めているような「あぁミステリしてる」みたいな感じになりました。最近いろいろ個性的なキャラ出たりとかするミステリ(それも面白いですよ)もありましたけど、本来のミステリってこんな感じだよなとか思ったり。
ときに最後の『アガサ・クリスティー賞殺人事件』の犯人が作者である三沢陽一さんだったわけですが、不足の美やらいろいろその人の要素が出てきた中で、「常時黒い服を着ていた」設定が気になりました。僕は三沢陽一さん本人の事を全く知りませんけど、彼は黒い服がお好きなんでしょうかね?
仮にそうじゃないとしても、それで今後外出時、黒い服あるいは黒い帽子を被ってたりしたら面白いですね。