とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

神隠し

105冊目
まさに神隠し

クリスマスイブの夜、新聞社に電話がかかってきます。匿名の女性は「これは誘拐事件に間違いありません」といい、案件を聞いても相手は「(空港に)来ればわかる」と一方的に電話を切りました。
クリスマスイブという特殊な時期もあり社会部はすでに誰もおらず、文化部であるこちら側に事件の電話がかかってくることは珍しいことです。文化部副部長は「いい機会だし飛び出していけよ」と主人公のグレッグに指示します。グレッグは頷いて、勢い良く飛び出していきました。

電話があったロサンゼルス空港には人がむちゃくちゃいました。理由はクリスマスイブということであり、珍しい悪天候で欠航が相次いだことも大きな要因です。そんな渾沌とした中で現場に向かうグレッグは「こんな状況で誘拐とか起こりえるのか?」とまだ誘拐ではなく迷子を疑っていました。
やがてセキュリティ・チェックポイントが見えてきます。長蛇の列に絶句しながら、グレッグはジャーナリストではなく一般人として言われたとおりにセキュリティ・チェックポイントを進んでゆきます。

断続的に女性の声が聞こえてきます。声色からおおよそ「財布をなくした」とか「飛行機に遅れそう」ではないことはグレッグには容易に想像できました。
近づくことに声も近づいてきます。待っている間スマホを見ると各地で史上最高の空港利用客数を記録し、頭上の電子ボードにはまた欠航の文字が現れました。電子ボードには見る限り数100の出発便が表示されているも、定刻通りのものは一つも見当たりません。
混雑は時間とともにひどくなる一方でした。

やっと声の近くまでたどり着くも、その女性の周りにTSA*1が10人ぐらいで囲っています。グレッグがとてもその中に入れそうになく、やむなく「彼女が子供を誘拐されたんだ」と確認してからその場にいるTAS一人に聞きます。
「子供がいなくなったそうですが」
相手は「誘拐があったかどうかは知らないけど、とにかく子供がいなくいなった。この探査機を越えたあたりから」と答えます。グレッグは信じられず「まさか、この先は飛行機乗る以外にどこにもないですよ」と言います。相手も「いなくなったと言われてもこっちが困る」とお手上げでした。
ほかの人にも聞いたところによると、被害者の女性は金属探知機を鳴らして(子供は鳴らなかった)身体調査に移ったところ、外で待つように言われていた子供がいつしかいなくなっていた言うです。

2001年の同時多発テロ以降、空港は最高峰のセキュリティを持っていると言っても過言ではありません。いたるところに監視カメラがあり、身分証明を求められるような場所です。それはたとえ大混雑だろうが変わりません。
しかし現に子供がいなくなったまま時間が過ぎます。
グレッグはジャーナリストとして子供を探しながら、「実は空港は人材不足だったのではないか」という記事を書くため奔走し始めるのでした

----(ネタバレあり)-----

大混乱している空港
物語の舞台は大混乱した空港です。この大混乱っぷりは相当なもんで、読んでる分ではまったく気が遠くなるレベルの人混みでしたよね。コミケみたいなもんだとまだいいものの、それはどちらかと言うとトラブルに巻き込まれて通行止めになった渋滞みたいなもんで、辺りに鬱憤が立ち込めていたことを想像できます。
ところでそんな人混みの多さの中、子供と母親二人が歩いているというのはちょっとむずかしいのではないかと思います。これは物語置いといて考えますが、あの空港の混乱からはぐれてしまった時を考えればやはり危険かなとか。もし夫婦ならば片方に子供を預けるなんてこともできますが、「1人で子供を見ながら(あの空港を突破する)」と考えるとぞっとしますよね。
僕個人の話をすると、ああいう人混みが多いところ苦手なので壁の端でグロッキー状態になってそうです。そんな壁も空いているかどうかわかりませんが。

事件を追う側
主人公であるグレッグと部下のクリスが中心でした。始めは生意気な新人みたいな感じのオーラを出していたクリスでしたが、終わってみればクリスむちゃくちゃ有能でしたよね。なんというか『相棒』みたいなコンビかと思えば、普通にふたりとも助け合って(相棒もそうですが)最後はクリスはグレッグを超えてすらいます。
おもしろいのは事件を追うふたりとも問題を抱えていたことでしょう。誰しも問題を持っているなんて言えばそうかもしれませんが、片方が離婚協定中、もう片方は父親と不仲のうえ恋人からバッサリ切られている組み合わせはなかなかないと思います。グレッグもグレッグとして(家族関係の問題は仕方ないですが)ところどころ未熟なところが見えたりして、そこをクリスが補ったりしていますよね。さすがクリス。しかし、クリスをの元恋人は見る目無いですね(直球)。
個人的に作中ではクリスが一番お気に入りの登場人物になります。ちなみにクリスの次に気に入っているのは「おやじ(文化部副部長)」です。

捜査される側
そもそも犯人も被害者もわからない状態で物語が進んでいましたよね。やっと現れた強姦魔は虚言症をもっていて、たまたまその場にいただけで外れました。そのもやもやさがこの作品の良さでもありました。
よって捜査される側の基本人物はミッシェルとデーブのおおよそ二人になります。彼女らは一見事件と関係なさそうで、被害者かと思えばまさかの共犯だったようです。この二人(もっといましたが)の犯罪の完成度は本当に高かったと思います。普通に関心しましたよ僕。
ミッシェルは自分の病すら利用していて、かつすでにかなり弱っていることを隠しています。デーブだってきちんとアリバイを作り、さらに恐ろしいほどの覚悟を持っていました。彼女らは終始被害者を演じ、現に記者やすべて欺いている。敵ながら見事だと思いました。

仕事関係を持った人達
LAジャーナルはあの後どうなったんでしょうかね。グレッグとクリスが別の職に向かう様子から少なくともリビング欄はなくなったと考えていいと思いますが、LAジャーナルそのものがなくなったとは思えない僕がいます。
おそらくですが、社論の方向転換が行われて読者のターゲットが変わった新聞が出来上がっているんでしょう。売れなきゃ意味ないってことは分かりますから、時代に合わせた新聞ができていると思ってます。
ところで物語終始(オヤジは除く)仕事関係の仲間は部下のクリス以外はみんな敵でした。「考え直したほうがいい」と上司から同僚から言われ、さらには渾身の記事ですら突っぱねられるなどされて、あげくふたりともクビなのですからめちゃくちゃな事になっています。
ただ考えてみれば「記事を世間に公開しなかった」わけで、遠い目をしてみればそれでよかったのかなぁとか思ったり。仮に半端な状態で記事を世間に流してしまったら、それはそれで面倒なことになった気がします。
となると、上層部の「下手なミステリーよりおもしろい。けどやっぱ事の結末も書くべき」と発言した人は鋭かったんだと思いますよね。

子供消失トリック
よく出来てると思いました。いろんな穴を通り抜けて、これこそ「神隠し」と言っていい現象を起こしています。それはひとりではできないことで、それも誰かがミスってもダメなやつでした。
僕自身飛行機は一度しか乗ったことがなく、それは国内のものだから海外の事はわからなかったんですよね。だからもう「そういう仕様なのか」と驚くばかりでした。そういう「特殊」な環境がまた相まって「異常な状況」をさらに異常にしていたのが良かったと思います。正直もう神隠しと報道してもいいレベルです。『奇跡体験!アンビリバボー』でしてそうです。
ところでこのトリックを成功させるにはミッシェルの演技もそうですが、一番頑張ったのはケント君だと個人的に思ってます。彼は子供ながらトリックを理解し(理解できたのがすごいですよね)、仕事を完ぺきにこなし(こなしたのもすごい)、それから親に会えないだろう覚悟もした(これは多分している)。というのがもう、すごい。これ、唯一の母親にもう会えない覚悟でするんですからね……。

先の話
物語はこれからグレッグとクリスが食事をするところで終わっています。なんとここらへんでグレッグの息子であるジェーソンから写真メールが来ていたりとか、だいたいハッピーエンドに向かっていました。
ところどころシンディが破滅に向かっている描写ありましたし、そこら辺心配していたので結果的にいいようにまとまってよかったですよね。グレッグが土にまみれて「ざまぁwww」って言ってるところどうなるのかハラハラしてましたよ。
ところで、もう一つの面々であるデーブ側はどうなったのか気になります。グレッグは「なにもいわない、しない」と言うとおりこの事件はそれこそ神隠しにしたでしょうけど、あの後の裁判はきっちり行われたのだろうか、とかです。まぁたぶん行われたでしょう。そして勝訴し、ケント君たちに多額のお金が入ることだと思います。だといいです、そう願っています。

【まとめ】
よくできたトリックだと思いました。事件に気がついた指折りの話とか伏線もいいように働いていましたし、最後あたりでどうやってまとめるのかと思ったら、きちんとまとまって良かったです。
あと、読み終わって後ろのページの作者欄読んでたんですが、ここに「(銀行勤務から渡米、その後は法律事務所務めて起業し)対米進出コンサルタントのかたわら、創作を続ける」という文字があり、「あぁこういう人だからこの作品が書けたんだ」と納得したような感覚を覚えました。そういう実際に空港を使ってなきゃわからない独特のトリックが使われた作品でしたよね。

*1:連邦運輸保安局、2001年の同時多発テロ以降、アメリカ政府は地元の都市から(空港運営業務のうち)保安業務を取り上げ、代わりに保安業務をする組織。チェックポイントで搭乗手荷物のX線を見たり、金属探知機を鳴らせてしまった客の身体調査などしている