とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

あばばばば

110冊目
ギャグみたいなタイトル

主人公保吉は、学校に赴任してからずっと通っている小さな店がありました。すでに無愛想な店の主人と顔見知りになっており、互いにそれを知りながらもそんな話さない(主人が無愛想なため)日々を過ごしていました。

ある日のこと保吉はタバコを買いに店に訪れると、店の勘定台に見知らぬ若い女性が立っています。普段は仏教面の主人いるはずなのに……と、驚きながらも「タバコがほしい」と女性に言いました。西洋髪で19ほどに見え、まるでまじり毛のない白猫のような女性は「はい」と答えました。
が、その白猫のような女性は接客がどうも初々しく、出してきたタバコも保吉が欲しいものとは違っていました。保吉は指摘をすると、女性は顔を赤くし、ドタバタとあたりを散らかしてタバコを探します。それでも見つからず、しばらくして後ろから察したのか主人がタバコを持ってきて保吉に渡してくれました。

これが保吉と女性の出会いでした。
そんな初々しい女性はその後、保吉がいつ店にやって来ようが勘定台の後ろに立っているのです。


------(ネタバレあり)-----

主人公の保吉
主人公である彼に関しては、俗に言う「ヘタレ」ってやつかなとか思いました。ただ展開としてはおかしくなく、互いに気を持ちながら一歩を言い出せない、なんてことも考えられますがそれは僕の憶測に過ぎません。(主人が女性の夫と考えるのが普通だと思います)
ただ主観が主人公であるがゆえ、主観特有の考えていること(保吉が考えてること)がいくつか描写されていました。特に思い深いのはやはり、

「虫の湧いたやつを飲ませると、子供などは腹を痛めるしね。(彼は或避暑地の貸し間にたつた一人暮らてゐる。)いや、子供ばかりぢやない。家内も一度ひどい目に遇つたことがある。(勿論妻などを持つたことはない。)何しろ用心に越したことはないんだから。……」

ですよ。ここほんとおもしろかったです(失礼)。あれ、あれみたいですよね。ネット掲示板とかで女性へのテクニック散々書いておいて文末に「ちな童」みたいな、そんなノリがここにあった気がします。
これが決め手になったのかどうか、それはわかりませんが、ここも踏まえて保吉と女性の間には奇妙な距離が終始開いていました。

ヒロイン女性
「猫のような」としきりに描写されていました。たしか、西洋髪でとかなんとか言っていた様子から金髪とかそういったものなんでしょうか。ちょくちょく英語が入ってくることや、ココア(当時はハイカラなものだったと思います)などそういった気取ったものがあって、個人的になにか西洋の珍しいものも売っているのかなとか想像してみたり。
そこにいる店主一人、かと思えば入ってきたこの女性こそ、少ないページで魅力的に書かれてありましたよね。なんかこう、ヒロインって感じしました。主人公とは結ばれませんでしたが、時代を感じさせない普遍的なかわいさがあったような気がします。
最後、女性は人妻(子供ができた)になったようで、最後の最後で保吉がふとあやしているところに視線がぶつかったりしたものの、彼女は顔を赤くすることなくまた赤ちゃんをあやしてました。なんかこう、保吉の期待と女性と無反応さに男女の成長をうっすら表しながらも、なにも起こってないような、あぁ昔の文学だって感じしました。

雰囲気がいい
終始雰囲気よかったですよね。個人的に明治大正あたりが好物なのもあって、ちょくちょく出てくる小道具など僕の好みに一致していました。もちろん、いい雰囲気になったかと思えば、なにも起こらないまま保吉が失恋したみたいなニュアンスを出しているほろ苦さも相まっているストーリーもよかったですが。
余談になるのですが舞台となる店、あれ今で言うコンビニみたいなものなのかなとか思ったりして、ついでに主人が店長で……と、置き換えて考えたりしました。そうすると一気に現実味がある話になりましたが、あの雰囲気がぶち壊されたような気がしたので、やっぱ時代補正が強いんだなぁと改めて実感します。近代文学の雰囲気つよいです。
そういえば(上の引用を見てわかるように)文体が古いんですよね。はじめはちょっと難しいとか思ってましたけど、慣れてくると文体が近代文学が醸し出している独特の雰囲気に一役買っていることに気が付きます。「じ」を「ぢ」と書いてあったりして、ギャル文字みたいでおもしろかったです。

タイトル回収
タイトルの「あばばばば」こそ、子供あやす女性の声だということがわかりました。終わってみればそう回収されたかと腑に落ちた感があります。
読み始めた時に短編だと気がついて、このタイトルどうやって回収されるんだ? とか思いながら読み進めていたので回収されたときは「あぁよかった」と安心しています。思えばこの本を手に取ったきっかけもこのインパクトあるタイトルでした。読んでいる最中もタイトルのことを思っていたのなら、見事に芥川龍之介の手の上だったと言えるかもしれません。
今の感覚で「あばばばば」といえば、なにかパニックになったときの効果音みたいなイメージが僕の中で固定されていたのも、読んでいるときいいように働いたのかもしれません。

【まとめ】
一気に全部読んで「この読後感どこかで…」と思いを巡らせていたのですが、この読後感こそ、薄い本を読んだ後と似ていることに気がつきました。
なんかこの作品、文章であるんですが漫画っぽいイメージ残っていたんですよね。しかも連載でも、読み切りでも、単行本でもなくて薄い本が一番近く思えたという……。そういえばこの時期、同人誌が盛んだったとかなんとか。
あれ日本って昔からそういう国だったんですか(今更)。