とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

ハングリーゴーストとぼくらの夏

123冊目
奇妙な人間より植物園にて

主人公の間中朝芽は父親の転勤によってシンガポールに引っ越してきました。
5年もいた小学校を離れることは寂しく、そんな朝芽を父親は「シンガポールは日本と似たような場所だから」など言って励まします。朝芽は半分聞いたように聞き流していると、目がさめるほど驚きます。なにせ、日本よりすごい超高層ビルが並んでいるからでした。

そんな開発された場所に住むことになった朝芽は引っ越してきてから日本人学校に通いだし、シンガポールの生活を始めます。けれどももともとの暗い性格、日本人学校には優秀な子供たちがいたりなどで、朝芽は引きこもりがちになっていました。
それを見かねた母親は、朝芽を近くの植物園に半ば強引に連れて行くのです。

植物園に到着した朝芽はすでに帰りたいという思いで、母親の後をついていきます。ついていくだけでもシンガポール特有の暑さ、植物園から出ている湿度などで汗が吹き出てきていました。
うろうろ雑学を聞きながら歩いていると、母親は「あっちにパワースポットがあるらしいわよ! しかも無料!」と熱帯雨林のエリアへ朝芽を連れ入っていきます。
そこには締め殺しのイチジクなどありました。不思議と人は少なく、静かに植物の鑑賞をしているとキーンと機械的な音が聞こえてきます。
「この音はなに?朝芽は聞くと、「きっとセミでしょ」と母親は答えました。
このセミの音がなんだか、日本の地下鉄の音みたいで朝芽は気に入ります。
それから朝芽は学校や塾の帰りなど、植物園の熱帯雨林のエリアに寄ることが多くなるのでした。

ある日のこと、いつもように静かな熱帯雨林のエリアの椅子に腰掛けた朝芽はひとりDSを開いてゲームで遊んでいました。
すると突然、雨がぽたぽたと降ってきて、すぐにスコールになります。朝芽は木々の影に隠れて心配そうに空を見上げると、雷もなっているようです。
そういえば高い木の近くにいると雷が落ちやすくなる……と、朝芽は右往左往しながら隠れれる場所を探し始めるのです。

----(ネタバレあり)----

植物園にて
物語の舞台の中心はシンガポール植物園でした。熱帯雨林のエリアにて主人公は三人の幽霊? と遭遇しています。
個人的に気になったのは、植物園という舞台そのものです。本を読んでいると植物園とはしばしば登場する場のものの、「シンガポール植物園」は聞いたことないような気がします(知らないだけであるかもしれない)。
すこし気になっていたので読んだ後「シンガポール 植物園」と調べてみたところ、この植物園は実際にあるようで、今ちょうど書きながらシンガポール植物園の画像を眺めいます。
このシンガポール植物園を見たらわかると思いますが、幽霊が出たという空想的な話題をかき消すほどに、シンガポール植物園が空想的だということに驚いています。

Wikipediaシンガポール植物園 - Wikipedia

間中くんの交友関係
主人公であり、見るからにインドア派、さらにいうと根暗な雰囲気を出している少年が間中くんです。
そんな彼はこの物語にて、彼らしからぬ行動をたくさん見せていましたね。幽霊と話す、ぐらいは「すごいな」と言えるかもしれませんが(すごいです)、個人的には(主田さんのおかげですけど)カズとなんだかんだ仲良くなっているというのが「こいつはすげぇや!」と思った箇所です。
小学校の頃ヒエラルキーとは高い相手に対しては恐怖の対象でしかなく、それはたとえ相手が心優しかろうが、ガサツで暴力を振るう孤立している男となると仲良くというのはとても勇気が必要だと思います。
なのにきっかけさえ与えれば、こうして仲良くなって、一緒に幽霊と対峙したり、食事するぐらいになって……おそらくこれから主田さんがいなかろうが二人は仲良くするだろうなと思いました。
そういえば間中くんは夏休みあたりこの奇妙な出来事に遭遇したわけですから、夏休み終わって落ち着き出した頃クラスメイト達は「なんであいつら仲いいんだ……」と思ってるでしょうね。

主田さんとカズ
ふたりとも強力な助っ人でした。一人いなかったらバットエンドでしょうから、間中くんが主田さんに秘密を打ち明けたこと、それですぐ主田さんは「カズい手伝ってもらおう」と気がついたあたりはさす主といったところでしょうか。
ときに主田さん趣味「植物の種集め」って趣味いいと思いませんか。僕は思いましたよ。小学生にして趣味植物の種集めとか、これはなかなかにいい趣味をお持ちで……と、読んでて思ってました。間中が多少植物に興味ありげなことに気がついて、えくぼをつけて喋っている様子もなんとも微笑ましいですよね。
一方のカズもかなり優秀な子どもでした。そもそも小学六年生にして三ヶ国語喋れるんでしたっけ、それでいて学校でがさつなことしているのに勉強ができるらしいです。将来有望です。
しかしそのがさつなのは生真面目の裏返しのようで、彼は彼なりに悩んでいました。終わりあたりに「解決した」とまではいかなかったそうですが「清掃しての感想文」を書き上げたそうですから、1つの答えっぽいものは出たのかなと想像します。

幽霊の人たち
植物園の工藤さんと、猿を使ってたチャールズさんと、盗みを働いたリムが登場しました。
まず工藤さんですが、彼は結構な功績を残したそうです。そもそも捕虜だったチャールズを普通に雇い、さらにきちんと一人の研究員として扱っていたとかなんとか。彼はチャールズさんと共通の目的を見出したから、といえる行動ですけど、そんな彼は喋り方から人格者ぽい雰囲気があって個人的一番好きな登場人物になります。
次にチャールズさんですが、工藤さんに感謝しながら間中に自分が作った植物標本を探してくれと頼んでいました。ここの植物標本の流れは物語全体につながってきています。彼に関して気になったことは、Wonder Treeの種をつけた状態の標本から種が抜き取られたってのは展開にあったんですが、その「抜き取られた例のビー玉の木」は見えていたんだろうかというところです。そもそも植物標本のほとんどは返ってきてますし、万事解決といえますけど、もしそこにあった種は大きく育ったよとしれたら彼も嬉しいだろうなと思ったんですよね。
最後にリンですが、彼は結構な苦労人だったそうです。イギリスの占領下それなりに生活していたところ、日本軍が襲ってきてわずか二週間で敗北し、それから父親は疑いをかけられ殺され、それで吹っ切れて色々盗んでなんとか生きていたとか言ってましたよね。最後は鉄道を作る作業員として奴隷のように働かされ、逃げるように(あるいはどこかで)その生涯を終えていたそうです。
戦時中なんかこういう人がたくさん(あるいはまだどこかで)いたんだろうな……と、読んでて思いました。彼はせめて幽霊になって罪滅ぼしできただけでよかったのかも、しれません。

時代背景
作中にもちょくちょく出てきていましたが、この作品の舞台(というか幽霊のいた時代)は日本軍がシンガポールを攻め落として、それから終戦あたりまでの激動でした。
ところで僕が思う終戦あたりのイメージとなると、長崎広島の原爆、あとは玉音放送などそういったあくまで「日本」のイメージでした。でもこの本のように、世界でリンの身に起こったようなことが起こっていているんですよね。
てか、日本軍が攻めてきた時「シンガポールは難攻不落だ」的なことを言っておきながら、イギリスは先に逃げた的な話題ありましたけど、あれマジなんですか。そうならイギリスはちょっとあれじゃないですか……って思ったりしましたけど戦闘でいろいろあったみたいです。
そんな複雑な時代背景に触れた三人の少年少女がなにを思ったのか、という流れで彼らは「思った」だけで終わっています。昔あったことをただひたすらに思うというのは、簡単そうで難しく、とても大切なことだなと僕も思いました。

Wikipediaシンガポールの戦い - Wikipedia


【まとめ】
大体の流れは、植物園に言った間中くんが幽霊と出会って植物標本を探す話といえます。
ただその過程で友達ができたり、その友達と植物園で楽しい時間を過ごしたり、はたまた別れたり、などいろんな人間模様が見えてきます。個人的に多少恋愛要素が入ってくるのかと思えばそうではなく、ただ小学生の頃特有の「友達!」ってな感じで互いにつるんでいました。
最後なんか主田さんが転校するとかなんとかという流れの時に、「私たちずっと一緒だよ!」みたいな分かち合うシーンも(裏であったかもしれませんが)なく、ただ三人は別れの会をして別れて、次また新学期に新しい新入生が来たとかで物語は終わっています。
なんというか、無駄に感動要素がないことが逆にリアリティあって良かったと思いました。