とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

オリエント急行よ、止まれ

135冊目
誘拐殺人と一億円消失

現在フリーライターの印南はライターとしてこれといった大きな仕事はもらってないですが、編集側から、あるいは読者からはなかなか好評なノンフィクションライターでした。
彼はもともと推理小説家を目指しており、文章力は多少は磨いてきたのです。しかし小説家としては、いいところまで行ったのに夢破れたままきっぱりと書くのをやめてしまいました。

ある日のこと、以前自伝を代理執筆してからお世話になっている、代理士の牧岡から「知り合いの女性の相談に乗ってほしい」と頼まれるのです。
印南はその知り合いの女性である織江に会ってみることにします。織江は以前記事を書いた相手であって、初対面ではありません。織江は印南が書いた記事の感謝をしたものの、話半ばで「ある男を調べてほしい」と言い出します。印南は不審に思いながら「なぜです」と聞き返すも「言わない代わりに資金面で援助する」と頑なです。
印南はこの奇妙な依頼に少し悩んだのですが、調べるだけなのならいいかと仕事を受け入れることにするのでした。


※この作品には『オリエント急行殺人事件』のネタバレがあるので注意してください。

---(ネタバレあり)---




やってきた依頼
物語は織江が(牧岡を経由して)印南に依頼したところから話が始まっています。
あの依頼についてですが、いくら信頼のおける人を経由したからといって、あの依頼の雰囲気は「やべぇ関わっちゃいけないやつだ」と思うと思うよなぁって思いました。
かなり異様だったと思い返します。なにせ「あの男(脇坂)を調べて! なんでもいい! お金あげるから! でも理由は聞かないで(意訳)」ですから、警察でもなければ探偵でもない身とすれば「なんでもいいなら脇坂のTwitterFacebookやらで検索した方がいいのでは?(雑な返答)」的な冗談を言って関わりを終わりたいレベルです。
まぁ僕の困惑は置いておいて、一方の印南はこの依頼を受けることにします。高額な報酬、あるいは好奇心など、いろいろ理由が考えられますが、この依頼を受ける様から彼の肝の大きさが見えた気がしました。

作田氏
序盤に登場する作田という人物、この物語のMVPに近い働きをしたと思います(ちなみにMVPは絶妙なタイミングで現れた行橋です)。
この作田というのは、たしか印南の前の調査員をしていた朝倉の親戚(たしか甥)と言ってましたよね。その朝倉の血が流れているのか、かれは仲間として、ワトソン役として、すばらしい働きをしたと思います。いやぁ、物語終わりで牧岡と深見とともに行方をくらましましたけど、惜しい人を亡くしたと思いますよ(亡くなったかどうかは不明ですが)。
個人的な作田ベストシーンは印南の彼女? 行橋のチョコレートをパクパク食べてたシーンです。あのあたりのいい意味での彼の無神経さ(人間味)が現れていてよかったと思いますね。食べる前の勘の鋭さ(バレンタインチョコと見分けたの)も良かったと思います。作田が作中一番のお気に入りキャラになります。

アリバイ・クラブ
いわくありげなクラブでしたが、実情はただの趣味クラブであり、牧岡が犯人に圧力をかけるため設立されたクラブでした。
あのクラブ、それなりに交流があって有意義そうでしたよね。弁護士が多少調子に乗るって言い方はおかしいでしょうが、気取った発言がありそうなものの、いろんな職業の人達が集まっているわけですからおもしろい交流になってそうです。なんか話題さえあればいろんな方面から発言がありそうです。
でもまぁ、本来の目的を考えると盛り上がるにも盛り上がれないような気がしてきますが。
しかし名前といい、存在理由といい、あの中の何人かが殺されて(1人殺されてましたが)誰かが犯人かと思いましたよ。終わってみればみんなどちらかと言えば「被害者」だと言えて、よかった……アリバイクラブに悪い人はいなかったんだ……って感じです。

英樹ちゃん誘拐殺人事件
かなしい事件でした。犯人は父親であり、見事なまでに完全犯罪を達成していました。
この事件のキーワードは「一億円消失」でしたが、蓋を開けてみたら単純なもので、一億円が入ったカバンをすり替えて、あとのお金はダウンジャケットにしまって終わりでした。印南が気がついた「お金がなくなっているのにカバンが残ったまま」という違和感も、この消失事件の奇妙な印象を持つ点だといえますね。
ところでこの事件、犯人が父親だったというのもひどい話ですけど、1人の子どもが殺害されたことより一億円消失のほうがインパクトでかいってのも(民間からしてみれば仕方がないことだとはいえ)ひどい話ですよね。たぶん警察も、参加した推理作家たちも、民衆も、子供のことより摩訶不思議なお金消失のほうが注目したでしょうし、そう考えるとアリバイクラブの面々もやりきれない気持ちになっていたことでしょう。実際、母親の紀子が半年後に自殺したあたり、「子どもは実は牧岡の子どもだった」も理由の1つだとしても「世間はお金消失の方に関心がある」もあると思うんです。

犯人と事件の全貌
この事件結構複雑でしたよね。こうアリバイが複雑ってわけではないんですが、人間模様がなんとも複雑だったように感じます。
振り返ってみれば、50年前の出来事が発端で、3年前の事件をきっかけに今回の事件が起こっています。今回の織江のバラバラ事件、脇坂殺人事件、牧岡が実際にやらかしたことはこの二つでしたけど、振り返ってみればすべてがすべて彼の手のひらの上だったように感じます。
作田が訪れるようにしたこと、印南に相談を持ちかけるように織江に言ったこと、そして実際そのように物事が動いたこと……いろいろありましたが、牧岡の人格掌握術すごい、つよい。
しかし、それほどすごい人なのだから、ある程度ことが進んだあたりで終わりは見えてたと思うんですよ。そしてあれだけの権力やら人格掌握術やら持っているのですから、自分の末路をいいように修正することだってできたと思うんです。けどしなかった。あるいは印南が冴えてたってのもありますが、
まぁでも都合が悪かったという理由で脇坂殺したことは悪手だと思います。でも悪手といえばあれだけだったように感じます。

【まとめ】
伏線もだいたい回収して、主人公も探偵していて「王道」って感じしました。
結局『オリエント急行殺人事件』のように全員が1人のために犯行に及んでいた、ってわけでもないようでして……いや、考えてみたらだいたい牧岡の思うとおりに事が進んでましたし、その様は俊邦からしてみれば「自分以外犯人」みたいな感じですし、そもそも誘拐殺人事件の復讐の話ですし、似たような話かもしれません。