とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

ビーバー族のしるし

139冊目
立場が違う二人の少年の出会い

ビーバー族のしるし

ビーバー族のしるし

主人公のマットは父とともに森で丸太小屋を作っていました。
父が買ったというこの森で「家族とともに暮らそう」と共に夢を見ながら、父息子そろって汗を流します。

やっとの思いで小屋が完成したころのこと、最後の段階……もっといえば一番大切である「母親と娘を呼びに行く」という段階にさしかかります。畑などがある小屋は誰か面倒見ておかなければならず、父が家族を呼びに行くためマッド一人でこの小屋を、ほかに誰もいないようなこの森で一か月ほど維持していかなければなりません。

「インデアンがいるかもしれないから、会ったら礼儀正しくするんだよ」
白人とインデアンの争いが終わった直後の時代、白人という存在を恨んでいるインデアンは少なくありません。そんな人たちがいるかもしれない森にマットはたった一人で自給自足しながら父親と家族の帰りを待つことになるのです。


ーーー(ネタバレあり)----




マットの健気さ
主人子のマット君、たしか13歳とかそこらでしたよね。にもかかわらず、結果的には森で半年ほど一人自給自足して暮らしてたりなど、かなりたくましい一面を見せていましたよね。
彼に関してはなにより、終始家族を待つという一心を持っていたという健気さが印象に残りました。本人や飼い犬の食料ですらままならないのに、「家族のために食料を残しておこう」とか「家族のために家具を残しておこう」などやっています。よくやりましたよね。いやほんと、途中の「仲間にならないか?」あたりで半ば「もうなってもいいじゃん」とか思ったのに、本人は多少迷いながらも「待つ」と選択したということ、彼の意志の強さを感じました。それはエイティアンだって見上げますよ。

インデアンとの出会い
たしか銃を盗まれて、家が荒らされて小麦粉などがめちゃくちゃになり、甘いものを食べたい理由でハチの巣をつついて、蜂に刺されながら池に飛び込んだとかなんとかでしたっけ。
思うんですけど、よく生きてましたよね。仮にあの場で蜂に刺されないまま池に飛び込めたとしても、池でおぼれて(体冷やして)弱ってしまいそうでしたし、仮に池から出て元気でもあのころのマットは何かやらかしそうな感じはありました。
そんな間一髪の場面で(というかもともと気にしてくださっていたいようですけど)、インデアンたちがマットを救出してくれます。思えば、この時点でもうマットはインデアンに対して感謝してもしきれないほどの恩を受けていたんだなと思ったわけです。

教育係になって
マットは気が付いたらエイティアンの教育係になっていました。この教育の目的はエイティアンに英語の読み書きをできるようにさせるることにあり、おそらく白い人の書類を読ませるためだとかでした。
ここらへんで白人から侵略に近いことを受けたインデアンの話がちらほら出てきます。物語後半あたりでわかることですが、エイティアンの両親も白人によって殺されたという話題も出てきました。
どうにも、ここらへんはどうにもこうにもでした……これ児童文学だからオブラートに包んでいるでしょうから、実際はもっと恐ろしいことが起こっていたのだと思うと恐ろしいです。それらを踏まえての英語の授業ですから、とても大切なものだと思います。けれども両方とも子供なので、会うたびに互いにぶつかったりとかしていました。

認めあう二人
ぶつかったりしていた二人もやがては仲良くなってきて、一緒に冒険なんか出かけたりします。はじめあたりはエイティアンがマットをバカにするように笑ったりしていますが、(皮肉気なところは変わらないものの)やがては認めるようになって、狩りの方法などマットに教えていたりしていました。
ここらへんのぶつかりながらも仲良くなる過程よかったですよね。こう少年同士が複雑な感情を持ちながら、結局のところ「仲良くなりたい」という一心になっていく様子がよく表れていると思いました。
ここらへんで個人的に印象に残っているシーンは、弓を作るシーンと一緒に釣りをしてエイティアンに釣り針を作ってもらうシーンの二つですかね。

クマと遭遇
かなりやばいシーンだと思いました。そもそもクマって、たとえ小柄だといっても遊びで人を殺せるような力を持っているわけですから、近づいただけでも危ないですし、加えて作中の状況って母クマが子供を守るために飛び込んでくるなんてこともありえたわけですよね。そう考えるとかなりやばい状況に立ち会ったんじゃないでしょうかね……。
多分正しい対処法は視線を合わせたまま、じりじりと後退して安全だと思えるほどに距離を離してから逃げるとかだった気がします。ただあれだけ近づいていたら(あの時代あの場にはないですが)クマスプレーなんて手もありますかね。
まぁそんなことは置いておいて、マットはなんと持っていたウサギをクマに投げているんですよ。いやぁもう恐ろしい。人間から食料を与えられたら、今後また人間に食料を与えられると思って近づくようになるそんなクマにウサギ投げてます。ただその隙をついて、エイティアンは弓を素早く射て、さらに連撃して、クマをナイフで刺し、なんと討伐してしまいます。もうヘラジカも討伐できますねこれ(確信)。

インデアン達との別れ
クマの討伐後、マットは村に招待されて宴のようなものに参加させられたり、エイティアンの妹と犬を助けたりとかして、インデアンの人たちにいよいよ認められたころ、インデアン側もこれから冬にかけて民族移動するとマットに告げられます。そこでマットも仲間にならないか、と誘っています。
上に書いてますが、マットの目的はあくまで「家族を待つこと」だったわけで、その気持ちが変わらないままに断っているんですよね。ここらへん読んでてドキドキしてました。読んでてマットがインデアンについって行ったルートが想像できてましたし、一方で断ってから家族が冬の間も帰ってこないというルートも想像できてたんですよ。そんな中で「待つ」と決断をしたのですから、「いいようになれ」と読んでて思ってました。

家族との再会
よかったです。ここまで来てから、家族は春になっても来ませんでした。みたいな展開になるかとひやひやしてましたから、こうして両親と妹が無事な状態で登場したあたりはホッとしました。加えてみんなマットをほめている様子から、マットの苦労も報われたかなと思いました。
家族との再会で気になったのはやはり、明るい楽しげな家族の会話の中で「ここら辺も発展していくんだろうね」という言葉ですよ。ちょくちょくインデアンが向かった森も白人の目に留まっているとかいう描写もあったので、この先はインデアン達にとってはますます厳しい形になるだろうという読後感が残ります。なんとも言えませんが、いいようになってほしいと思いました。

【まとめ】
ところで思ったんですけど、作中ではインデアンで悪い奴って出ませんでしたよね。多少は壁を作っている人とかいましたけど、それは誇りとか守るべきものとかそんなんがあってからこその壁であって、そこに「信念」があったような気がします。一方の白人、あのマットが招待したやつは終始クソでした。あいつが言うには「俺もインデアンと一緒に暮らしてた」とかでしたけど、あれは多分適当なことを言ってるんだと思います。いやぁもう、エイティアンがマットに銃を見せているときなんか「ここで銃があれば、銃の交換とかでいたかもしれないのに!」と悔しく思ったんですよ……。

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