とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

知の孤島

167冊目
この島は金と知恵がすべて

知の孤島

知の孤島

東京湾に浮かぶ「瀬切島」という人工島に山城工科大学(通称:YIT)というかなり異質で特殊な大学がありました。
どう特殊なのかと言えば数え切れないほど特殊な場所で、島という隔離された場所のうえ、偏差値レベルがとてつもなく高く、世界最高レベルの研究水準を誇り、YIT生と言うだけでブランド価値を持ち、卒業生は各業界で多大な影響を持つほどになるなどあります。なお異質なところが際立っているのは入学試験二次試験であり、それは支払った寄付金の額によって入学が決まるというもの。『知は金なり』をモットーとしていて、研究した成果をお金に変換することに重きを置いている私立大学になります。もちろんそれだけ異質な状態を保てる成果は出ていて、世界最高水準の研究費をゆうに賄えるほど「学校が儲けている」のです。

そんな異常な大学で斎藤哲哉という男子学生が自殺をします。
第一発見者は清掃をしていた男であり、男は「YITではよく見る自殺者」として大学側に通報します。大学はいつも通りに処理をしろと清掃の男に指示をしました。

ところが奇妙なことに遺体は目撃したその20分後には消えてしまいます。学校側は一度自殺が見られたということから警察に通報(確認)しているものの、(死体が消えたというのは生徒がやったいたずらだと捉え)「誤報だった」と自らの通報を否定しました。ただ両親は「遺書がメールで送られてきてから連絡がつかなくなった」と言っており、齋藤が行方不明なのは変わりないのです。


ーーー(ネタバレあり)ーーー






異常な環境
今回のミステリーで一番気になるというか、一番特殊な点は「YITだった」ところにありました。
大学はまるでこの世は金と知恵と言わんばかりの利益を追求した大学であり、だからこそのブランド価値を持っているような特殊な大学でした。
特殊な大学の奇妙なところはそんな「金こそすべて!」という部分もありましたが、個人的には「監視システムがすごかった」も大きかったと思います。なにせ監視カメラが至る所にあって、それらは常時みられているからこそ生徒の不正(と表向きには言ってますが)を見抜くというあたり、「ディストピアみたいだな」と思ってしまいます。あの手紙(郵便物)などが勝手に開けられるあたりとか恐ろしいですよね……。よく生徒もストレスなくやっていったと思います。研究生は軍員ではない(白目)
ところでそんな監視の目も清掃員など一般職務の人には及んでなかったようです。これは格差社会的な意味でやってなかったんでしょうが、それが今回のミステリーにおいて穴を作り出していました。
まったくもってあれですよね。そういうところちゃんとすることが大事なのに、って思います。でも逆に言えばYITに品格が持てればそれこそ「無敵」になるかもしれません。

刑事二人
異常な大学に刑事二人がやってきます。目的は死体の確認、および自殺か事件か見抜くためのものでした。
日比野と堅田の人選ってたしか「暇してそうな人」という適当なものでしたが、結果的に見たらすべてうまいように収まったといえて、名前出てなかった気がする課長さんお見事といえます。特に堅田は(前もってYIT関連の事件は回すようにと言っていたこともあり)選ばれたとかなんとかあるものの、実際に選ばれてから持ち前の頭脳で事件を解決に導いているあたりさすがだなと思いました。
そういえば日比野やその他人たちは「堅田よくわからない(意訳)」と言っていましたけど、彼はわかりやすい人の方だと個人的には思いました。なにせ悪いようにしようとは思ってなく、正義感的なものを持っているから気にするほどでもないのではと思います。悪いのは気分屋ってところです。

歓迎されないもてなし
刑事二人がやってきたYITですが、あまり歓迎されていないような雰囲気がありました。向こうも向こうで死体がなくなったという大きな出来事(大学側もわからない)があったということから混乱しているようにも見え、一方で警察への対応(できれは大事にしたくない)と言ったものも見え隠れしてもいるような刑事二人を「なんで呼んだんだ」って感じの対応をしています。
刑事二人の対応やその他いろんなことをしていた芳村さんですけど、彼も彼でいろいろ大変だったんだなぁと思うような展開が終盤にあります。それらを踏まえてみると始めあたりにやっていた警察への対応もベターな感じで仕方なかったのかなぁとも思います。とはいえ、警察がくる前に勝手に掃除までしたというのは悪手ではと読み直しながら思いました(思えばここで偽装の死体だとばれてしまえば、いきなり斎藤側の人間窮地に立たされてることになってますね)。

研究室メンバー
いい人ばかりでした。展開的には研究室人達(関係者)各々と取り調べを次々と行っています。
奇妙な大学の奇妙な行動はここにも及んでおり、関係者は別室に閉じ込められモニターで監視(これはわり普通かもしれない)、芳村の監視下で取り調べを行うなど(こちらは異常)、生徒たちの気持ちを考えてとか言っているわりにストレスフルな感じになっています。僕なら発狂してしまいそうです(正直)。
そんな環境下でもたくましく生きて、それで警察側に情報を渡そうとしてくれている人達がいました。一通り読んでみるとみんなそれぞれ警察に情報を渡しています。性格に難ありなのは変わらないですけど、事件を知っている人知らない人それぞれが有益な情報を出していて「いい人達……」とお気持ちになっていました。斎藤君はいい友達に恵まれています。
ときに作品全体での個人的にな好みなキャラですけど、男子部門は王くん、女子部門は本村さんです。王くんはいいキャラしてていい感じに空気読めてない感じがよかったです。終わりあたりのハッタリはよくできてて、あの芳村を封じ込めてて「やるじゃん!」って思いました。本村は超絶聡明美女って感じでよかった(単に好み)。彼女で過去の経営戦略に選ばれるまでをスピンオフしてほしい。ちなみに好きな掛け合いは日比野と安西で互いに火花散ってたあたりです(思えば安西は火花散るように「演じてた」んでしょうね)。

自殺偽装計画
大学が異常な環境であり、「もうやだ」となった斎藤が何とかしようとしたところ大学に消されそうになり自殺偽装をやることになります。ここらへん王や椋木などの仲間や植野など一般職からの協力を得たことが大きいですが、なんといっても有能有能アンド有能の安西が有能だったのがとても大きかったです。椋木の女に騙された案件もそうですけど、安西が終始強すぎて「もうこの人だけでいいんじゃないかな」ってレベルで最初から最後まで強キャラでした。多少不安定なところがあるものの、ほぼ問題ないレベルですよねあれぐらい。
自殺偽装計画は安西の活躍によりおもしろいほど順調に進み、唯一運要素だった警察側も堅田という強力な存在により素晴らしい成功を収めています。一通り読んでみるとわかるのですが、もはや自殺偽装計画の方が主人公っぽさがあり、敵がYITで齋藤が主人公で安西がヒロインの小説だといえるぐらいの感じはありました。あんな綱渡りな計画成功してよかったです。

犯人逮捕まで
一通りの事情聴取を終えて、最後に芳村の事情聴取をするあたりで物語が急展開します。というか今までの中で犯人がいなかったのだから、もう芳村がほぼクロ(あるいは真相を知っている)だとおそらく日比野も気がついたことでしょう。
とはいっても堅田は「犯人はお前だ」というわけでもなく、芳村を追い詰めようと日比野と手分けすることにしていました。かくして日比野は斎藤を探すことになるんですが……個人的にはその間の潜水艦へ向かう芳村と堅田の会話が気になります。おそらく無言ってことはないでしょうから、なんか皮肉でもやりあってるのか、日比野というクッションがないからこそ直球でぶつけあってそうですよね。
そんな想像を置いておいて、堅田は芳村を追い詰めたかと思ったら、芳村の奥の手である電気ムチで堅田を戦闘不能させて逃げ切っています。恐ろしいのは二回か三回使われたこの電気ムチがほとんど成功(相手を戦闘不能にさせている)ところで、これが出まわったら恐ろしいなぁと思いました。思えばはじめあたりに斎藤に牙をむけようとしていましたけど、向けられなくてよかったなと思います。
必死の抵抗を見せる芳村でしたが王などのハッタリによって動きが封じ込まれ、あえなく逮捕となっていました。あの逮捕されるあたり、誰一人として芳村の味方がいなくてて「どんまい」って感じでしたよね。

【まとめ】
堅田はYITに一矢報いて、斎藤はYITの魔の手から逃れて、安西は斎藤と一緒に居られて、パニッチはおもしろがることができて……など、ごちゃごちゃとしていた情報が一つ一つ解決していて、思い返せばベストと言える最期を迎えています。YITとはいうと変わらず強気の姿勢を見せていてそれが強いのは変わらないでしょうけど、それでも「新たな自殺者が出ることはないだろう」というのは大きい変革なんじゃないでしょうか。
そういえば最後あたりXの存在を芳村が斎藤に明かしていました。答えはXとは単に呼び名が残った、神秘性をもった名残と行ったところでしたよね。となると考えてみたら、結果的には「YITとはお金だけで入学させられているのか?」という疑問が残り、一方であの優秀な人達を見ると「テストがすべてでは」とも思ってしまいます。でも名残からみれば本村もXで斎藤もXということになりますね。