とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

怖い俳句

161冊目
怖いにもいろいろあるね

怖い俳句 (幻冬舎新書)

怖い俳句 (幻冬舎新書)

「怖い」をテーマにした俳句がつらつら収録されている本になります。
読んでて思ったのですが、「怖い」というのにも様々な「怖い」というものがあり、それは場合によっては可笑しいような内容だったりするなど、ただひたすらに恐怖するようなことが「怖い」ではないということです。
そしておもしろいのは、怖さにもジャンルがあるということでした。

本の内容はまず俳句があり、その後ろに作者による解説文章が続いています。はじめにに書かれてあるように、イメージするなら美術館の案内文のように書かれてあります。


※ネタバレありと書きますが個人的に気になったところを上げようと思います

ーーー(ネタバレあり)---




怖いにもいろいろあるということ
怖いと一言で言ってもいろいろ怖いの種類があり、思い出される幽霊のような怪奇なこわさ、次に人間のこわさ…ぐらいは連想できるものの、奇妙なハイライトがこわい、虚無が目の前にあるこわい、とかいうものは日常あまり考えたことないものです。
読んでて思ったのは、そういった異様なこわさを表現するには俳句が一番だろう、ということでした。俳句特有の余韻や字余りや切れ味のよさが怖さを強調していて「なるほどこれが言っていた世界最恐ってやつか」と思いました。
かといって小説や映画とかであるめっちゃ怖いというような(確かに怖かったわけですけど)ものはなく、怖がりの僕にとってありがたい距離間のこわさ(じわっとこわい感じ)が俳句にありました。いやたまに「これはこわい」ってのありましたけど。

俳句を感じるということ
俳句という存在に触れてきてなかったもので、俳句そのものを感じることすら初めてかもしれません。
そんな俳句たちに触れてみて思ったより(というか想像以上に)世界観は広く、柔軟な存在な表現ができるものなんだと感心しました。今回「怖い」をテーマにしたということですから偏ったものでしょうけど、それでもこの範囲というのは驚くべきことでした。これきっと恋愛とか自然の美しさとか、ただ単に嫉妬の話、悲しみの俳句なんかたくさんあるんでしょうね。
そして読んでてたかが短い文章に、とても気力を奪われることを知りました。俳句に示される世界観を毎回想像して味わうというのは(それが俳句の良さだとは言え)疲れるものですね。慣れてないだけかもしれませんが。

〇印象深かった俳句
たくさんの俳句が登場しました。ので、個人的に興味深かった俳句をいくつか感想を交えて書いていきます。

草いきれ人死居ると札の立
与謝蕪村さんの作品。草切れがある空き地的な場所に「人死がいる」という札が立っている、という俳句です。
ただそこに「人が死んでるよ」という札が立っているだけですが、それがなんだか不気味に感じました。武士がいたような昔の日本を想像して、ある草が生えている空き地の真ん前に看板が立っているというイメージです。ただ立札がある理由も注意書きって感じですけど、後味悪い余韻が残ります。今風に言うと「死亡事故多発!」でしょうかね。

稲妻に道きく女はだしかな
泉鏡花さんの作品。稲妻がある悪天候の中で、ふいに道を聞いてくる女性ははだしだろうか、という俳句です。
辺りはきっと真っ暗で、でこぼこ道の山道から雷がちらちらと光るあたりでふいに声をかけられた。なんて、いかにも怪しい女性です。まぁそもそも実際山道を歩いていたのかは書かれてないからわからないんですけど。女性だって単に雨宿りを探している女性なのかもしれません。とはいえそんな予想も「はだしかな?」という疑問で相殺しているような気がします。

征く人の母は埋もれぬ日の丸に
井上白文地さんの作品。戦争に向かう息子が民衆の中から母親を見ていたが、やがては日の丸の旗に隠れてしまう、という俳句です。
これ、この本に収録されている俳句の中で最も悲しげに感じました。同時に特に興味深かった俳句でもあり、一読して振り返ってみても、思い返されるいくつの句の中に入っています。
本当に悲しい俳句です。戦争に向かう息子を母親はどんな気持ちで見ていたのか、息子はどんな気持ちで母親を見ていたのか、そしてやがて万歳かどうかわかりませんが、母の姿は日の丸の旗で埋もれて見えなくなる……母親はそんな小さい背丈だったのかもしれません。そんな母親が見えなくなった時に息子はどう思ったのか……など、そんなことをめぐって想像させられます。

戦争が廊下の奥に立つてゐた
渡邉白泉さんの作品。長い廊下の奥に戦争が立っていた、という俳句です。
一読して一番印象に残った俳句であり、一番びびっときた俳句でした。個人的なイメージですが作品に登場する「廊下」、おもしろいことに木造校舎が連想され、さらに2階か3階で、ちょっと薄暗くなった夕暮れころ、かなり遠くの場所に、「戦争」が仁王立ちで立っているのが見えました。この俳句の「戦争」という単語がとても強く、さらには廊下の奥に確かにいる存在感、小さく見えるはずなのに避けられない失意のようもなものも感じました。

ゆく夏の食肉工場丘の上
飯田龍太さんの作品。ある夏に食肉加工の工場が丘の上に見える、という俳句です。
見たままのことを書いている俳句になるのですが、その光景がなんだか(この本の趣旨とは違いますが)暖かく長閑に感じられました。ただ「食肉加工」というだけあって、そののどかな風景にほんのちょっとした怪異も感じることができるのですが、それもスパイスようでいいと感じています。SF的な工場内で…といったことも連想されますが、外見こそ長閑な工場が見えるだけ、って感じです。

雛壇のうしろの闇を覗きけり
神生彩史さんの作品。雛壇の後ろの布を開けて中を見てみた、という俳句です。
これおそらく、この本の中で一番怖い俳句なんじゃないかなと思います。ただ雛壇の布を開けて中を覗いてみてるだけなんですけど、その雛壇というのは和室のあって、覗けるだけの大きな雛壇があるということで、そしてそういうことをする時ってだいたい一人でしょうし、人気のない時間とか不意にやってそうな感じがあります。覗くのは子供か大人かどちらかわかりませんが、こういったことをする人はなにか見えないものを信じていそうな気もします。そういった連想から、仮に中身は闇だとしても……闇だとしても怖いですね。

音消えし頭の中の大夕焼け
津沢マサ子さんの作品。音が消えるほど壮大な夕焼けを見た、という俳句です。
燃えるような大きな夕焼けが見ている俳句となり、こわさももちろんあるのですが、どちらかと言えば儚い美しさの方が強く感じました。今でこそそういった夕焼けを見る機会でも、誰かがいたりケータイとかでつながっていたりなどしていますが、なにもない古い時代にふと帰り道こんな光景を見たらひどく衝撃的なものだと思います。でも個人的にはセンチメンタルでいいなと思いました。

日盛りを長方形の箱がくる
宇多喜代子さんの作品。日が強く照っている中で長方形の箱が運ばれてくる、という俳句です。
モノクロームの感覚を受ける作品はいくつも収録されていましたが、個人的にはこれが好みでしたね。想像通り棺が運ばれてくるものの、イメージの中ではモノクロに再生されます。俳句から感情としたものも感じられますが、そんなものを取っ払った光景のように思えくるところもいいなと思いました。

梟の出てくる恐い話かな
仁平勝さんの作品。梟が出てくる話かな、という文字通りの俳句です。
これから物語が始まりそうな一句です。この梟と恐い話ということで、その先に続く物語は『不思議の国のアリス』のようなメルヘンチックなこわさというものが僕的に連想されました。まぁただそれだけの話なんですが、個人的にこう、文字の流れがいろいろハマっているなぁと思った俳句です。もちろんいろいろ完全な俳句というものはありましたが、個人的にはこれが好みでしたね。

参考文献リストがすごいという話
一通り本を読み終えると最後に参考文献リストが表示されているのですが、これが今まで類を見たことがないほどの本の紹介されてました。数えてないですが100は優に超えていると思います。著者すごい……。
その膨大さに驚いたものの、これから俳句を読む人たちにとってはいいリストなのかもしれないとも思いました。気になった作者に合わせ、後ろから本を探せばいい感じに自分の趣向に会った作品と出会えるのではないかと。
でもまぁ参考文献リストがめちゃくちゃあって驚いたので、この本見かけた人は後ろの参考文献リストを一見してみるのおすすめです。びっくりするはずです。

【まとめ】
今まで俳句に触れたことはない、そんな僕でも俳句は「いいものだ」と思わせる魅力が感じられてよかったです。
始めの入門書にしては偏った(失礼)内容の本でしたが、この偏った内容というものが俳句という独特の可能性を垣間見るいい題材だったとも思います。
おそらく怖い話以外にもいろんなテーマがあるだろう(むしろそちらが本題だといえる)んでしょうし……とりあえず学生時代の教科書でも開いてみようかなと思いました。