とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

サイバー経済学

163冊目
変わりゆく経済

サイバー経済学 (集英社新書)

サイバー経済学 (集英社新書)

ITという存在によって変わりゆく経済について簡単に、さわり部分が書かれた本になります。
さわりとはいっても、ガッチガチの経済学さわりですから、(僕の中では)高難易度な場面がちらほらあったりしました。
ただ難しいとはいえ、全く理解できないレベル(専門用語や数式だらけなど)ではなく、読んでいたらわかる範囲レベルでもあることは確かです。

内容は、今まさに加速しながら変化している経済をどうにかつかもうと試行錯誤をしている経済学の理論などがいろいろ記されています。
読んでるとわかるのですが、経済学の説というものは無数にあり、一方で「これで経済を説明できる!」と言えるものがないんですよ。そこからも形がないけど確かにある「経済」というものを完全に理解(説明)しようと思うとかなり難しいことが伺えます。
そんな難しい概念みたいな存在を、とても賢い人たちが考えている理論、その理論をかいつまんで数式や専門用語などを極力避けながら説明した本になります。

※思ったことを書いてますが、僕の理解では間違えている箇所があるかもしれません。ご了承ください。

ーーー(ネタバレあり)---




経済という名の存在
「経済」という存在はだれしも密接に関係しているものとはいえ、その「経済」をよくよく詳しく観察してみようとするとどうにも、なにもつかめない不思議な存在でした。
これは全部通して感じた感想なんですけど、この本のはじめにを読んだとき経済ってなに? と疑問に思った同時に「この本を読めばなんとなくつかめるかな」とか考えてたんですけど、一通り読んでなお不思議なことに「経済ってなに?」といったふんわりとしたものがふわふわ浮いています。
もちろん、ふわふわしたものをどうにか説明しようとしていた論を何度も見てきて、なんとなく経済とはどんなものかとわかったりしたものの、やはり「よくわからない存在」なんだろうなと思いました。でもそうった概念的なものが数学と密接に関係していたり、普通に人間心理ともに説明できるというのはとても興味深い話でもありますよね。

ITの時代
さて、インターネットが普及して生活が変わってきた今、経済も変わってきていました。
ここら辺の話で「言われてみればそうだよな」と思ったのが、インターネットはミクロ*1とマクロ*2の両方で広がっているというところでした。
つまり「個人がパソコンを入手できるレベルに安価になっている」ことと、「それが世界中に広がっているところ(世界中でインターネットが普及していること)」が今まさに同時に行われている、という話です。
そのおかげで「世界中の情報を入手できる」「物理的な距離がなくなる(情報のやり取りが飛躍的にラクになる)」「世界中に発信することができる」などたくさんの恩恵を受けることができて、かつそれは「一人でも行える」ようなところもすごい話です。イノベーションって感じがしますよね、ほんとうに。

イノベーションすると
イノベーションと聞くと「なにかを壊した(新しい概念が生まれた)」というイメージをする僕ですが、僕に限らず、そんな新しい技術が生まれるとやはり人間期待をするようで「これがあれば好景気になる」など思うのだそうです。
その希望が消費や投資につながったり、バブルになったりとかするらしいです。実際(僕は当時をよく知らないんですが)シリコンバレー云々でめちゃくちゃ儲けた人もいたりして、そんなことも踏まえて「現代の夢」みたいなものをITは担っているのはなんとかありました。
そういえば話が逸れるんですけど、「ネットワーク外部性*3」という単語が出てきて、それがわかるエピソードとしてWindowsがありましたよね。
(これも僕が知らないからわからないんですけど)昔はパソコンの機種を出している企業が様々だ(ある意味では競争していた)から「パソコンを会社に導入したいけど、〇〇会社のパソコンが今後どうなるかわからないし」と消費者が渋っていたところ颯爽とWindowsが登場して、Windowsがシェアをほぼ独占していくんですよ。かくしてWindowsが基準となって、同じ会社の機械ということで、いろんな共通のソフトでやり取りが容易になったり、問題が起こっても答えが割り出しやすくなったり、会社でも「Windowsでいいや」と一斉に導入することができたり、など便利な世の中になりました。これがさっき書いたネットワーク外部性と言われるもので、読んでて確かにと思いました。
なんというか、「みんながそれを使う」というのは「独占企業*4」でもあり、なんとなく「わるいもの」だと勝手に思っていたようで、たしかに独占しすぎるのもよくないですが、こうして読んでみると「悪いことばかりではない」と思い直しました。確かにみんながWindowsを使うことで何かと便利であるんですよね。

ベイステクノロジー
ちょくちょく出てきたベイステクノロジーというものですが、これは作中一番と言っていいほど(個人的に)未来を感じたテクノロジーでした。
ベイステクノロジーというのは「ベイス推定*5」を利用したテクノロジーというもので、高性能パソコンと相性抜群だろうなぁ……といった雰囲気がありました。詳しい公式は各自ググってもらうとして、要はあの「ABCという3つの箱のうち1つに100万円が入っています」という質問に、回答者が1つ(B)選んだ後に質問者が1つ空の箱(今回はA)を開けて、もう一度「残りはBとCになりました。変更しますか?」と言うあれです。
例を見直してみると、一見どうにも「確率的には同じ」と思えるんですが、ベイス推定だとBよりもCの方が確率が高くなるんですよね(説明すると長くなるので各自調べてください)。
これの面白いところは、計算の過程が人間の心理を映しているようなところです。これが正解だ! と思っちゃうとその方に思ってしまう、そんな「思い込み」、不確かな存在を公式として出しているような感じがあってよかったです。
あとは「試行回数を増やしていけば正解に近づいていく*6」というところもいいですよね。間違えたりしても、情報を集めて計算していけば限りなく正解に近い答えが生まれるだろう、というところも(こう表現するのもなんですが)人間味があるように感じて好印象を持ちました。僕はベイス推定賛成派です!

大数の法則と保険会社
作中、おそらく一番出てきただろう「大数の法則*7」はシンプルながら強いのではと読んでて思いました。
株で儲けた、〇〇投資で儲けた、など何かの偶然で成功したという人がいるのは確かですが、一方でほとんどの人が損をしたという話全般、僕としては「そんなの現実に起こるはずじゃないよ」とある種ミクロレベルでしか考えなかったんですけど、逆に言えば「大多数単位で考えるとあながち嘘ではない」とマクロレベルだと言える形になって「なるほどうまくできてるな」と感心しました。
この話でとくに例としてよく出されるのが「保険会社」でした。保険会社というものは0.001%で起こる高額な治療費がかかる(高額の単位を仮に1000万だとして)難病に対して1000人から1万ずつお金を集めて、結果的にリスクを相殺している、というざっくりいうとそういう仕組みです。
ただこれでは儲けれないため、(1000人のうち2人難病にかかってしまった! など考慮して)多少の誤差に加え、リスクプレミアム*8など上乗せしたりした値段を保険会社は顧客(保険を受ける人)に求めています。

バブルの始まり
そんな保険会社の働きなんですけど、これ考えてほしいのは「保険会社はたくさん契約している人がいるからこそ、安い保険料で保証ができる」というところです。
保険会社がたくさん出てきて、顧客を奪うことがあったりなどしたら、上の例だと500人が0.001%のリスク分を賄わなきゃいけない場合もあるだろうし(保険料の値上がり)、リスクを保険会社が受け取るならそれこそ「商売にならない」ことも想像できます。
そんなジレンマを持つのは保険会社だけではなく、銀行もそれにあたるのだそうです。銀行はたくさんの人からお金を預かって、それを運用して商売しています。別の本に書かれてあったんですが、銀行は低利子ながらお金を「ほぼ確実に預かる」ということが「信頼」になって人々がお金を預けていくのだそうです。
さてそんな銀行ですが、ある意味それは「銀行に投資している」という表現もでき、投資する対象はたとえば「株」でも「金品」でも「土地」でも「仮想通貨」でもいいわけですよ。
たとえばここに「ある土地を買ったら来年〇倍になるらしい」という話があったとすれば、それが結構みんな知ることになったとすれば、きっとお金は土地に回るでしょうし、みんな土地を買うから土地がどんどん値上がりしていくんですよね。
それがファンダメンタルズ価格*9から大幅に上がっていったらいわゆる「バブル」と言った状態になるわけです。
この本には書かれてなかったんですが、最近だと仮想通貨がそれにあたるような現象を起こしていました。振れ幅だけ見ると「みんなそんな必死になって」と思う人もいるかもしれませんけど、そういったものを運用してみる人達というのは「銀行にあった資金の一部分を仮想通貨に投資してみようか」ぐらいのノリでやっているかと(中には一発あててやろ、と思う人もいたと思いますが)思います。その考えてこう書いてみるとなんだか普通の考えなんですよね。

個人の合理的な判断は社会にとって合理的ではないかもしれない
個人として合理的でも社会レベルだと合理的ではない、というものがあります。作中のたとえを出してみると「子供産むメリットがない社会」というのがそれにあたりました。
少子化ですし「子供はたくさん生まれるべき」とおそらく日本国民は思っているでしょうし、だいたいの人は出生率が上がると(いろんな思惑があれ)「素直に喜ぶ」んじゃないでしょうか。
けれども一方で、なんだかんだ企業側としても困るから女性に妊娠してほしくないでしょうし、子供の騒音に悩む人だっていると思います。そもそも「収入少ないし、現時点で子供産むメリットがない」と思って子供を持たない人も思います。それら個人としてはとても合理的な話ですよね。ただ国全体から見ると恐ろしく非効率な考え方でもあります。
上の銀行の話だって「儲かりそうだから資産の一部を〇〇にしようか。いけそうな気がする」と個人に対しては合理的な考えで、それがベストだといえる判断だというものの、例えばそれがみんながみんなそういった行動にうつったら、銀行にとっては損害で、その銀行を求めてる企業にも損害が及び、企業を求めている投資家、あるいは消費者にまで影響が及ぶことになります。だからといって、例えば「みんな〇〇銀行に預金するのがこの国最大のメリットだ!」と言われても、「そう…(無関心)」って感じなんですよね。それこそ自由から外れて、お国のためってやつになってしまいますから。

自由だが自由ではない
昔とは違って身分も選べるし、頑張れば成り上がっていけるし、想像以上に現代は「自由な社会」となっています。
自由な社会というものは「自分で選択できる社会」と言えるわけなのですが、この「自由に選択できる」と言うのが曲者で上に書いたような「個人としては合理的だが、社会にとっては損失」なんてことが至る所で起こり始めました。ある意味自分の首を絞めていて、それに気がついているのですがどうしようもない状況になりつつあり、作中の表現だと「悪いしがらみ」にはまっています。
そんな悪いしがらみにはまった現在、ITという存在によって自由度はさらにかなり上がりました。いろんな世界を見れて、いろんな選択をすることができるようになりました。上に起こったことがとんでもない規模で加速的に行われています。
まぁ別にそれは問題ではないんですよ。なにせ個人が合理的だとすれば、(例えば少子化の場合だと)子供を産むことが合理的だと思えるような感じに(国としてそういう空気に)なればいいんですから(いやそれが難しいんだって話は置いておいて)。
個人的に問題だと思ったのは「自由だというが実は資金面の差で不平等である。そしてそれは伝えられてない場合がある」というあたりです。現代、自由な資本主義ですが、これは資産の総数が多いほど有利なゲームだということでもあります。たとえ「みんな平等にチャンス(株など投資ができるよ)」と言ったとしても、実のところ株というものは資金が多い方が有利なうえ「資金が多いことが有利だということ」が暗黙のルールで存在するゆえ、それを知らない人だって出てくるわけですよ。いや知ればいいじゃん、って思うかもしれませんが、ここで個人的な合理主義が相まうと恐ろしいことになります。あれです、「(仕事として)いい話だけをして詐欺まがいな投資を持ち掛ける」などそんな事例が頻発してくるということです。

【まとめ】
読んでていろいろ恐ろしいことが連想されたりしましたが、そんな恐ろしいことをなんとか公式として取り上げてみようと試みているのが経済学者なんだそうで「がんばえー」と思いました。読んでていろんな試みが(説が)上がっていて、いつしかこんな恐ろしい現象もきちんと説明できて、行政などが適切に経済成長にかかわっていけたらなと思います。
一方で言語化できない「魔物が市場に住み着いている(意訳)」という表現をはじめにしていた作者の話が、一通り読んでなんとなくつかめた気がしました。市場には魔物が住んでいて、それは確かに「いて」、けれどもつかめないような、恐ろしいものでした。
あとどうでもいいですが、この本ちょくちょく魔物を探す旅みたいな、「まだ見ぬ魔物について書かれた冒険書物」のような形で書かれあり、そこがなんだかゲームをプレイしているような感覚があってよかったです。
魔物に対して効果的な魔法が見つかり、人類に幸福をもたらすようなことになってほしいものです。

*1:ざっくり「個人レベルの話で」という意味

*2:ざっくり「社会全体で」という意味

*3:ある商品が「普及する」ことで商品そのものの価値以外の付加価値が加わること

*4:会社がある需要を掌握してしまうこと

*5:18世紀後半に見つかったもの、おおよそ「わからないもの(不確実性)」に対して推測するうえで役に立つ公式

*6:「逐次合理性」と呼ぶらしいです

*7:ざっくり言うと「99.9%成功する話も1000人集めたら一人は失敗するだろう」という話

*8:リスクを預かることに対しての価格

*9:来年も再来年も変わらないだろう、その土地本来の価値の価格(今回は土地で表現しています。「本来の価値」の価格と考えてくれたらいいです