とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

なれる!SE12 アーリー?リタイアメント

166冊目
ブラック感ある仕事系ライトノベル12

ブラック企業に勤めることになった桜坂工兵は多忙さに追われながらも、なんとか勤め始めてから一年が過ぎようとしていました。
一年長かった……と思い返す間もなく、新年度近くなるため、ただでさえ忙しいのにさらに年度末の忙しさが合わさった、とてつもない多忙さに追われているのでした。

そんなクソ忙しい中で、社長が新しい案件を拾ってきます。それは大企業ミカサ自動車という国内最大の自動車メーカーのインフラ構築であり、今の時期にこれをするの!? などそんな無茶苦茶な話があるのか、と工兵や上司の室見は戦々恐々とするのです。

ところで、いつもこんな無茶苦茶な仕事をこなしている室見は近頃いつになく上の空の様子です。らしくなく仕事を忘れたり、時間を間違えたり、会議中に何度も外に出て電話をしてみたり、「らしくない」姿に工兵は不安を覚えます。なにせ前に(前巻)出てきた、室見に声をかけてきた女子高生の姿もちらつきます。

今まで触れてこなかった室見のプライベート部分がちらほら見えてきて、何事もなければいいのに、と工兵は思うのでした。

ーーー(ネタバレあり)ーーー




この忙しい時期に
新年度始まるあたり(年度末)ということもあり、スルガシステムもどこの会社と同じような年度末特有の多忙に追われていました。ただでさえ多忙なスルガシステムなのですから、年度末というのはぞっとするほど忙しいようで、初めあたりですら(たとえ室見が全開だろうが)難しいのではないかというレベルでした。「今年はまだ暇な方よ」と言っちゃう室見も室見だなと思いましたよ。どんだけ忙しいんだって思いました。
そんなクソ忙しい時期に室見は心ここにあらずといった状態になります。以前あった女子高生(瀬那)の影響か、あるいは連日電話をかけてくる男性(陣)のせいかと工兵が勘ぐったりしたものの、それはそうだとは言え、どうしようもない感じもありましたよね。
ここら辺、読んでて思ったんですが、この理不尽ではない忙しい感じって室見にとってイキイキとするシーンだとは思うんですけど、こうした仕事にすら手を付けなくなった、というのだから室見も相当堪えているんだろうなと感じました。そして室見は仕事だけしかできなかったからこそ、こうして仕事できないと……と思うともろい存在なんだなとも思いました。

頼りになる存在が去ってから
なんとカモメさんがツーリングに行くということで、しばらくの間会社を抜けるのだと工兵に言って行ってしまいます。カモメもなんとなく室見の異変に気がついていたものの、ここで工兵が強く言わなかったために(しかないことですけど)、一番頼りになる存在が消えてしまい、この展開がのちのち大きく痛く響いてきてきます。
思えば室見のことに関して(工兵の周りでは一番)カモメさんが知っていました。初めの初め、室見と工兵をくっつけようとしたこと、あるいは過保護なほどに室見を気にしていたこと、そんな断片的なものが今頭に浮かんでます。そんなことを知ってなお、カモメは室見を見ていたのだから、あの気がかりな時すでに「室見になにかあったんじゃないか」とある程度今後のことも予想していたのかもしれません。
ときに工兵ですが、室見の異変にはっきりと気がつきながら様子見を続けて、陣と出会い、その日の次の日に室見が会社を辞めることを知ります。異変を感じていたのでいきなり、ってわけではないですけど、唐突ではあり、気が動転するのも無理ないかなと思いました。

強力な助っ人
知らず知らずのうちに話が進んでいて、工兵が気がついたころには室見はいなく、社長と藤崎といる陣によって室見の離職は確定していました。この時の陣よると「代わりの人選は責任持って探す(意訳)」と言って、社長も「それなら心配いらんな(意訳)」といった風な感じでした。読んでて「室見の代わりになるような人っているのか?」と心配になっていましたが、この会社に入れたのも陣ですし、引き抜くのも代わりを用意するのも陣なのだから「うーん?」って感じでした。工兵も疑問に思ったでしょうが、どうしようもなく、どうしようもない失念が残っていましたよね。
現状の案件は今のメンバーで埋めるしかなく、室見の穴を埋めるため、梢が工兵の助っ人に入ります。ただでさえ忙しいのは運用部も同じでしょうから、梢さんもなんというか…大変ですね……と言いたいですよね…。そもそも室見が抜けたことが痛すぎるんですよ。いや、室見の射程範囲がデカすぎるのもある。
ところで、梢の完璧な変装? もこのあたりで見れました。顧客(ターゲット)の情報を知っただけで、最適化された格好言動をするのだから女の子(というか梢)恐ろしい子…!と思いました。

火の車
梢が助っ人できたことや、福大の協力があったとしてもなおスルガシステムが抱えているプロジェクトは破綻しかけていました。室見の存在が大きいことを痛感する一方で、こんなにも進まないというのはどうにも憂鬱な気持ちにさせてきます。
今回の問題は技術的なものでも権限的なものでも納期的なものですらなく、ただ単に一人抜けてしまったという致命的なもので、彼女が戻ってこない以上どうしようもないものでした。室見が抜けたのもどうしようもなく、どうしようもないというのは人のやる気を削ぐものです。
ところで室見を知っているからこそ、梢なんかも今回の雑な辞め方に不満を持っていたようでした。もちろん工兵も持っていたんでしょうけど、梢の待遇を考えると……。てか、今回梢の冷静っぷりは特にすごかったと思います。あの梢さんが好戦敵に対してここまで抑えてかつ、できる範囲で最大限(カモメさんに連絡するなど)しているのだから、これはもういい女ですよね。

室見の過去
過去、と言ってもほんの数年前という短い間なんですが、その短い間におおよそ人は経験しないような壮絶な出来事を室見は体験していました。ざっくり言えば家族関係の悪化(母親の奔放さに巻き込まれた)といったところですけど、周りの人間があまりに少なく、彼女が大切にしていたものを壊された、かつ室見も若すぎたこともあり、室見そのものの人格に悪影響を及ぼしていました。
問題は続き、学校に通っても孤立していました。まぁ室見が悪いって感じでもあるんですけど、そもそも状況や室見自身の基本的人格(交友関係あまり求めないタイプ)が相まって最悪の形になっています。そしてスルガシステムに入れられたとかなんとか……、陣が室見のことを思って動かしたのはわかりますし、室見も結果的にスルガシステムに入れてよかったわけですけど、それにしても歳半ばの女の子が体験すような環境の変化の比ではなく、ほんの数年間の話とは思えないほど無茶苦茶な話ですよね。
そんななんとも言えない出来事でしたけど、彼女は彼女としていろいろ思うところはあったとはいえ、思えば室見が自ら過去の話を今回もしていなかったことに気がつきました。過去の話を周りの人が言っているのみで、その心は察するしかないみたいです。察するにしては有り余ることですけどね。

工兵のわがままと室見の決断
室見に出会った一年間、工兵に変化をもたらしていました。一方で室見も変化を持っていて、互いに思うところは「もっと一緒に働きたい」という社畜感たっぷりの思いでした。よく言えば「信頼できる仲間」というとても素晴らしいもので、思えばこの巻は、仲間ともっと一緒にいたい! という切なる思いから動いた話になりますね。
とはいってもそれは工兵のわがままであり室見のわがままでもあります。実際陣が提示した条件は悪いものではないように思えます。そもそも元の目的にもどるわけですし。
けれどもそれが悪い決断ではないかと思うのは、工兵やらなんやらと出会って室見が変化したということにあって、その変化は悪いものではなかったということようです。
でも陣にとってみれば、安直で将来を見据えた結論ではない子供っぽいものに感じたかもしれません。でも、それでいいのでは、と僕は思います。別に30や40になって大学に行ってもいいし、人生やり直してもいいんですからね!

【まとめ】
室見不調回でした。室見さんいつもフルスロットルですけど、不調になるとあんな感じに「なにもかもだめ」になるんですね。今回ほど揺さぶられるなんてことはそうそうないでしょうけど……とてももろそうな感じではあるので、周りの人(特に工兵くん)は室見を支えてあげるように。
支えるで思い出したんですが、工兵が陣と対峙した時にまるで告白みたいなことを言っていました。読んでて「かっけぇ…」と僕も思ったんですが、真意といえば「(会社員として)いつまでも面倒見る」といったもので「あのさぁ…」ってなりました。ぐっときた室見さんには同情します。
思い出したつながりですが、転職エージェントが何人か人材をスルガシステムに提示しているあたり、もしかしたら「カモメの甥が再登場するのかな?」と思ったりしましたが、登場しませんでしたね。カモメの甥なら何とかしてくれるかも…とはいえ、登場したらしたらで大変なことになりそうですよね。