とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

異郷の友人

169冊目
暇を持て余した神々の遊び

異郷の友人

異郷の友人

主人公の僕こと山上甲哉、あるいは「吾輩」は妙な特性を持っていました。
特性を一言でいえば「同じ意識を持ちながら何度も輪廻を繰り返している」といえ、幾度のなく彼は「吾輩」という意識を共有しながら、この地球上で様々な人間になって生き続けていたのです。吾輩が入っている人間、それは歴史の裏方だったり、その偉人の当人だったり、あるいは世間を動かせるような影響力を持つ人だったり、「吾輩」はいろんな時代でいろんな経験をしていました。

そんな吾輩も今回入っている肉体(山上)では「ゆっくり生きてみよう」と、ごくごく平凡な生活を目標として生きることにします。おかげで小中高と問題なく通過し、企業に勤め、今や転勤して札幌の小売業の営業を行っています。

そんな吾輩は長年生きてきた中で、今回初と言えることを体験します。発端は中学生時代のころのこと、全く関係ない人生である人物(しかも海外の人物)の見たもの体験した出来事そのものを「あたかも自分が体験しているような感覚」に陥るという現象です。しかも関係ない人物(対象)は一人ではないので、吾輩もさすがに混乱をするのでした。
けれども仕事を務めだしたころには成長していて「それもそれもおもしろいのでは」と面白がる吾輩がいました。

ところである雪の日のこと、山上は営業終わりに歩いていると一人の男性から声をかけられます。山上は「はて?」と疑問に思い、男性は「どこかでお会いしましたな」とにこやかに言うのです。(当時大雪だったので)最寄りのスターバックスに入ることになりますが、山上はすでに混乱しています。やはり誰だかわからないのです。男性はなおにこやかに座っているのでした。



ーーー(ネタバレあり)ーーー




妙な特性と現在の地位
主人公である「吾輩」ですけど、世界を制する(言ってしまえば時空を制する)能力を持ちながら、いかにも人間味のある人物でした。それが魅力だといえて、各世代でそれなりの地位を持ったらしいことも頷けるような人格を持っています。
今回は(この物語上では)彼は「普通の人生」というものを送ろうとしていました。彼のすごいところはそういった人生を過ごしていくと決めたからには、過去の栄光などを「妄想」にして抑え込んで今をそれなりに楽しんで生きているところです。たまにネット掲示板に真実を書いてみたりして「それはないw」とか言われてもしゃーないと割り切っているところもなかなかに器があるなと思ってしまいます。人間どうしても過去の栄光にすがってしまいますし、過去が刺激的だとと「普通の人生」というのは味気ない毎日だと感じてしまうはずなのに、山上(吾輩)は現代の一つ一つに満足しているんですよね。それはとてもすごく、尊いものだと僕は思いました。

物語の発端
そんな主人公がMと呼ばれる男性と出会うところから話が始まっています。Mという男性がなぜここに来たのか、を書いているとかなり長くなるので端折りますが要は「Eが山上に興味を持ったから」でしたよね。
ここら辺もいろいろ思うところありますけど、いま改めて考えてみると、山上がJにメールを送ったことがすべての発端だといえました。あれがなければきっと何も起こらないまま終わったでしょうし……あれ、何も起こらないわけではありませんね。たしか山下は最後東北あたりに営業に言ってたあれを考えると、山下だけ津波で死亡という形だったかもしれません。
……話が逸れてしまいましたが、どちらにせよそんなメール(吾輩がちょっとした遊びとして送ったもの)が物語を大きく動かしているのだから、まったくもって「暇を持て余した神々の遊び」という単語が頭に浮かんでしまいます。優秀な人材巻き込んでなにやってんだよ!

それぞれの思い
書いてるとキリないんですけど、E,M,J,S、早乙女などいろんな人が出ていろんな思いを持っていました。それぞれの思いは向かう先はバラバラでしたけど、強いて言うなら「孤独感」はみんなやんわりと持っていたようで(Sと早乙女はわかりませんけど)、最後の最後で飲み会するあたりかなり盛り上がっていました。
個人的に一番好きなキャラは早乙女ですけど、気に入ってるキャラはJです。彼はかなり人間味があり、思えば最後に生き残りが確定している唯一キャラですよね。そんな彼はどうにも小悪党の集団から抜け出したいと今回の依頼を受けています。これが最後になると思って受けてはいるものの、始まるまで、中盤Sと会うあたり、終わる直前など子供っぽさが垣間見えていてそれがまた彼の魅力になっていたと思います。彼は夢中になれること、あるいは友人を求めていたのかもしれません。
と書いてしまえば、早乙女も同じで、Eも同じものを求めていたように感じます。あの優秀な学生ら、みんな悩んでますよね……。
考えてみれば達観を持っているのは吾輩とSぐらいなもので、彼ら二人はどちらかと言うと傍観者と言ったものでした。Sに関しては最後まで何考えてるかわからなかったものの、吾輩は精一杯生きているだけなんだなといった感じです。
とはいっても作中のみんな精一杯生きてるんですよね。

巡り合わせ
いろいろあって、本当にいろいろあって彼ら五人は巡り合っています。一番経緯が吹っ飛んでるのは早乙女だと思うんでど、Jもいいぐらいに吹っ飛んでます。もうなんだか、ギャングの幹部のEもなかなか吹っ飛んでる人だと思いますし、それについているMもなかなかに吹っ飛んだ人だと思います。そういえば思うんですけど、薄汚れた白人の若い男に紳士的な男性が慕ってるというコンビとしていいと思いました。何度も難しい案件をこなしてるんだろうその姿に『デスノート』のLとワタリを連想させます。
さて、そんな経緯も境遇も全く違う人達が、「吾輩」という存在に気がついてから一緒に飲みあう仲になっていました。お酒に弱いはずの早乙女まで最後まで付き合うなど気の合う感じがあり、彼らは初めて「心通わせる相手」を見つけた思いもありました。Eに至っては吾輩が神だとかどうとかはもうあまり気にしていないようで、Jも今後のことを呑気に真剣に考えているようでしたね。
なんというか、この飲み会からのスイートルーム、あとはEが早乙女のパソコンを改造したあたりまで、本当にたのしげな気な感じがありました。……もうここで終わるべきだったと思います(正直)。

突然の終幕
所々でそれっぽい暗示がありましたし、今更唐突感もないんですけど、彼らは不幸な偶然である「津波」によって大多数命を落とすことになりました。EとMはもちろんのこと、山上もそうですね。早乙女は不明ですが…ミニバンで津波から逃れるのは難しいと個人的には思います。Jはおそらく助かったと思いますが。
個人的にですけど、早乙女とJがいい感じの友達になるのかなとか、Eがそれを見て兄貴面しながらなんかおもしろいことを思いつくのかなとか、Mや山上はそれの補助をするのかなとか、そんなことを思っていたのでやはり唐突の悲劇は悲劇として受け止めるほかなかったです。とても悲しい終わり方でした。
ここらへんMは「ここが俺の死に場所だ」と運命だと感じながら防波堤に向かっていますけど、(ちょくちょく出ている死に向かう描写からそう考えても仕方がないとはいえ)山上に「世界一になって世界を変えるから手伝え(意訳)」と言ったわりにこの様はないでしょ(直前に本人も山上が神かとかもうどうでもよくなっているとはありましたけど)と思いました。あの鬱々としながらもモンスターエンジンのコントしたガッツはどうしたんだよ!
そういえばあの女子二人も無事なのか心配…って、そういえば彼女らは北海道側にいた人達でした。

【まとめ】
いろいろなことが起こった本になります。笑いあり(モンスターエンジンの話もそうですが、山上渾身のコントのくだり草でした)、超能力あり、特に(ブログでは初めて書きますが)新興宗教とSの存在が大きく、彼らがこの本を不思議な味付けをしていたのは間違いないと思います。その中でも早乙女の存在も大きく、Jとつながっていることもあり「どうつながるんだ」という思いで読み進めていました。
ところで早乙女が作ったコンピューターおみくじですけど、出す答えことごとく正しい方向に向かっていましたよね。個人的に山上ではなく、あれが一番神に近い存在なのでは、と思っています。