とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

零戦神話の虚像と真実 零戦は本当に無敵だったのか

92冊目
空戦のリアルとは

タイトル通り零戦神話について考察された本になります。
注目すべきは、対談という形で書かてれある、その対談している人達にあると思いますね。
まず清水清彦氏は歴史研究家(本業は金融法務の弁護士らしいです)であって、おもしろい独自の説を唱えたりする新鋭研究家らしいです。読んでて分かるのですが、彼は戦争について(今回は戦闘機について)とても詳しいんですよ。詳しすぎてこちらが「プロかな? プロだろ」と思ってしまう程です。
もう一人の渡邉吉之氏は、防衛大学を経て航空自衛隊に所属していた人物ですね。F-4EJ戦闘機やらF-15J戦闘機やら、それからグライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種以上乗ってきた空のエキスパートみたいな人です。彼は清水氏が見落としている部分や、空の人である彼が「飛んでいる時の考え」などわかりやすく言ってます。たまに先人たち(彼が聞いた零戦乗りの人たち)の話が出てきたり、つまり生きた証言を話してくれます。

そんな二人が互いに談笑しながら「零戦神話」について一つ一つ、いろんな方面で話しているのがこの本ですね。

(ネタバレありとありますが、今回も気になった所を上げていこうと思います)

----(ネタバレあり)----




神話の崩壊
本の第一章では、零戦でよく言われる「革新的な設計による名機だった」とか「軽量化のために防弾を犠牲にした」とか「零戦は緒戦では無敵だった」とかいわゆる「神話」の考察(ほとんど否定訂正です)があります。
ちなみに上それぞれの答えを簡単に書くと、
・革新的な名機だった→たしかに革新的な名機かもしれないが、それは日本からみて革新的に見えただけ。世界レベルからすれば、せいぜい1.5流の技術の寄せ集めですよ。by清水氏
・軽量化のために防弾を犠牲にした→(後ろに防弾板をつけるのが一般的だが)後ろの視界が狭まるうえ、防御を高めるほどに重くなるから飛行機がトロくなってしまう。機動性(視野の広さ)を重要視したから。そもそも防弾は必要ない。
零戦は緒戦では無敵だった→そう思っているだけでかなり前から負けていた。勢いがあった頃が互角という程度、「ミッドウェーの敗北が分岐点ですね」by清水
と、それぞれ現実味のある説を出してくれます。
実際そうだったのかは100%信じるってわけではないですが、こうしてみるとここだけでも「零戦」という機体やら、帝国海軍のやり方やら、そういった部分になにかしらの欠陥あるように思えてしまいますね。(欠陥あろうが戦わなくてはならない時代だったわけですけれども)

運動性能の弊害
第一章の神話崩壊をいくつか見た中で、個人的に気になったのは「軽量なため運動性能は抜群だった」という部分です。
運動性のと聞いてまず思い浮かぶのが「機動性」となるわけですが、この機動性というのはいろんな要点が合わさって(旋回率*1、最大瞬間旋回率*2、持続旋回率*3、ロールレート*4、巡航速度、加速力*5、最高速度、降下制限速度、上昇力……いっぱい…)「機動性」だと呼ぶようで、「言われてみればたしかに」と納得しました。(思えばこの「機動性」とは、ゲームでしか考えたことなかったです。←平和脳ですね)
そして「零戦は旋回性はよかったようですね」と聞かれて清水氏の回答、

清水 はい。零戦は失速限界速度がとても低く、ゆっくり飛んでも失速しにくいので、小さな旋回半径で回れます。ただし、これは減速している時です。
 逆に、ロールレートは低いので、敵機を追うときや逃げるときに急旋回しようと思っても、旋回に入るまでに相手よりワンテンポ遅れてしまうことが多いと思います。(中略)太平洋戦争緒戦でよく対峙したカーチスP-40はロールレートが速いので、零戦が後ろを取ろうと思っても、P-40が気付いて逃げたらとても追いつけませんでした。(後略)

つまりロールレート(機体が横にまわる素早さ)が遅いがため、零戦は基本他の機体を追いかけれないということですね。
緒戦ですらそうなのですから、次第にどんどん突き放されてゆく(機動性ではなく早さの時代になる)わけで、零戦に乗っている人からしたら、とてもつらかっただろうと思います。なにせ後ろについても逃げられて、追えないのですから。

加えて零戦は速度を挙げると操縦桿が重くなるという問題も抱えていたようです。

清水 データ上はほとんどの機種よりも悪いです。P-40の半分ぐらいですね。NACA*6のデータによると、IAS*7で300マイル*8(約260ノット)では1秒間40度。

渡邉 それだと裏返しになるのに4秒と少し?

清水 ただ、これは操縦桿に加えられる力を50ポンドで計算していますから、50ポンド出せない環境だともっと低くなります。アリューシャンで捕獲した零戦のテスト飛行報告では、300マイルIAS(約260ノット)で事実上もう旋回はできない、旋回を切り返す事はできないという言い方がされていました。

この50ポンドとは「10キロの米俵を2つ片手で持ち上げる」と同等の力だというのです。
仮に1回2回と旋回するぐらいなら気合でなんとかなるかもしれませんけど、これを戦闘中に、あるいは疲労困憊の状態で……となればそれはそれは大変な肉体労働になりそうですよね。
だからアメリカ側はスピードで逃げる戦術をとっていたらしいです。上で引用しているように、零戦は300マイルで操縦桿が動かなくなる戦闘機なのですから、(アメリカ側も操縦桿重くなりますが)できるだけ相手(零戦側)を300マイルの世界に引っ張り込めば圧倒的有利になるわけですよ。逆に零戦側は300以下の世界に引っ張り込もうとしてらしいですよ。
ただこちらは早さで上が取れないため絶対的不利ですよね。それに勝る旋回性はあっても、加速するごとに重くなる操縦桿……ハンドルが動かないのに機動性があるわけ、ないですよね。

零戦からみる空
見通し悪かったみたいです。空の闘いこそ、視界が物事を左右するというのに、車みたいな(僕が画像を見た時の感想です)視界だったようにみえました。
基本上から撃つのが有利なのですから、こう、斜め下側の景色(前下方視界)が見えなくてはならないというのに、そこはエンジンというなんとも悲しげな設計(仕方ないことなのですが)なっています。
加えて足を突き出して座る姿勢(要は座高を低くする姿勢)が戦闘時の姿勢なので、さらに視界が悪くなり、座席ベルトやらなんやらしていると身体の自由すらままならなくなるんですよ。
さらに照準器の場所が低いんです。もし高ければ、狙うときに下方視界が多少でも広くなるんですがそう優しくない。

清水 そこが問題でして。光像式照準器のレティクル*9は、レンズを通してしか見えない虚像なので、レティクルを見ることができる範囲は、どうしても投影レンズの大きさに制限されますよね。九八式の場合、投影レンズの直径がたったの5cmなんです。
 そして、照準器の位置が低いだけでなく、座席からの距離が遠いんです。ショルダーハーネスをしたパイロットがやや上体を前屈みにして目線を近づけた状態で、照準器から目までの距離が約50㎝。思いっ切り前に頭を出してギリギリまで近づいても、40㎝ぐらいが限度でしょうか。
 つまり、50㎝の距離で5㎝の幅を見ることになりますね。(後略)

清水氏の計算によるとその角度(レンズを通して先が見える範囲)を半径3度としていました。
つまり、その角度から少しでも離れた場合、そのレンズの先(レティクル)が見えなくなる。よってパイロットはどうしても目線を下げて(低い位置に照準器があるため)覗きこまなくてはならない。というわけです。
その上、そのレティクルというのが複雑すぎて、たとえ見えていても上手いように照準をあわせれなかったという問題もありました。(長くなるので書きませんが)
知れば知るほど不利になってきていますね。

とはいえ、パイロットは不満の声はなかったといいます。渡邉氏によると「(たとえその戦闘機が使いにくいとしても)最高の戦闘機だ」と先輩から言われたら「最高の戦闘機なんだな」と信じてしまうからだそうです。加えて飛行機乗りは不満があろうが、それを使いこなすのが飛行機乗りみたいなところがあるらしいです。(そもそも飛行機乗りが文句を言っても、作りなおすのにコストが掛かり過ぎる問題もありますし)
それにそういう時代ですからね。仕方ないと思います。

日本とアメリカの差
アメリカとの差はマニュアルのわかりやすさでしょうか。あと熱意はみんなちゃんとしてるのに情報が正しく伝わっていなかったこと、パイロットの状態をもっときちんと考えるべきだったこと(病気や休暇やそういうの)、でしょうかね。
そういった小さな意識の差が(もちろん資源の差というあまりに大きな差はありましたが)勝敗を分けたと思います。
清水さんが途中言ってましたけど、作っている兵器やら戦艦などそういう道具はけして悪くないんですよね。ただそれをどう使うか、部下にどのように使わせるか、弾はどうするのか(感想には書いてませんがかなり問題ありました)、みんなが進むべき共通する信念が、それらまとまった方針なのか。など、そういう根本的なシステムが疎かになっていたんだな、ということがこの本を読んでわかりました。
今はどうなのかなどは僕にはわかりませんが、こういった悪習は絶たれてほしいものです。

【まとめ】
零戦は圧倒的不利でした。だからといって戦わないわけにはならず、死ぬ気で(家族や国を守るため)戦う英霊たちのことを「なにを思ったのだろう」と思いましたね。
こう個人の話で見れば美談といえるかもですが、事態を客観的にみてみると、いかにも無駄なことだったり、明らかにちょっとの意識で改善できると思われる箇所がいくつも見つかって、そういう優しくない仕様のせいで亡くなった方が人が少なからず居たんだろうなと思うと切なくなりました。
そんな彼らのことを考えると、「零戦神話」を零戦神話としてなんとなくまとめるのではなく、その奥にある本質的な問題点を改善してゆく(今の日本に通ずる問題点を改善していゆく)方が大切なのだと個人的には思いました。

*1:一定時間でどれだけ旋回できるか、一定時間における角速度

*2:瞬間的にしか発揮できない旋回。猛烈に速度エネルギーを消耗し旋回するため、次に曲がろうにもすぐGがかけられないため文字通り瞬間のみとなる

*3:連続して発揮できる旋回。現在高度を維持しながら半永久的に継続可能な旋回率

*4:エルロンロールにおける横転角速度。数値が大きいほど高速であり、一定時間におけるロール角度で表す。毎秒40度ならば1秒間に40度の横転の意(引用)

*5:迫撃を行うために加速する力

*6:NASAの前身

*7:インジケーターエアスピード。飛行機の計器が指示する対気速度のこと

*8:1マイル=1.61km

*9:照準器の投影ガラスに移される十字線ないし照準環。(引用)