とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

水底の光

132冊目
しっとりとした恋愛小説

この本には『パレ・ロワイヤルの火』『水底の光』『闇に瞬く』『愛人生活』『冬の観覧車』『ミーシャ』の計6編が収録されています。

それぞれの粗筋を書いてみると、
『パレ・ロワイヤルの火』:パリへ向かう飛行機に乗りながら、当時関係を持っていた男性の記憶を思い返す話
『水底の光』:突然にも東京タワーを見たくなり、仲の良い」男友達と適当な嘘をついて東京のホテルに泊まる話
『夜に瞬く』:最愛の彼氏と別れ憂鬱な毎日を過ごしていたところ、兄の妻に誘われて少し遠くに出かける話
『愛人生活』:だいたいの親族を亡くし失意に襲われていた中で、偶然にも金持ちの年上男性に拾われる話
『冬の観覧車』:夫を失いひとり社長秘書として働いていたら、その社長が難病に侵されていると知る話
『ミーシャ』:長年連れ添っていた猫が危篤状態になったと知らせが入り急いで家に帰るまでの話

上に書いてますが、しっとりとした恋愛小説でした。

---(ネタバレあり)----


パレ・ロワイヤルの火
主人公のりえが数年前に付き合っていた? 修吾のことを飛行機の中で思い返している話でした。
それなりに仲良くしてたようですが、仲良くしてたからこそ修吾は「これ以上近づいてはダメだ」など壁を作り、それから有耶無耶になったまま二人の仲は消滅したそうです。
気になったのは、りえは出来事に対してどういう感情を持っているのかわかりませんが、そういうのを踏まえて「忘れようと」しようとしているのに、まるで「あと◯◯キロで会える」など思うぐらいに引きずっているところですよ。もうそんなこと考えても仕方ないのに、どうしてもそう考えちゃうってことはどこか期待しているのかな、と思ったりしました。
しかしけれども修吾の判断やこの結果といい、「これがベストの結果なのでは?」とか思います。まぁりえからすればこの結果は堪ったものではなく、相手側の修吾からも堪ったものではないとは思いますが。

水底の光
この話は完全に不倫でしたね。たしか「東京タワーがみたい」と絵美子が言って、それに同意した浩之が実際に東京タワーが見れるホテルをとって、そこでいちゃつく話でした。
思い返しても東京タワー見ながらいちゃついて、そのまま終わったような気がします。あ、たしか、目のない深海魚の話題が出てきて、そのまま真っ暗にしながらベッドへ……って展開もありました。そして早朝またいちゃついて、ってな感じでした。
個人的に、早朝に昨晩の余韻を残していちゃついている中で、絵美子が男性器を持ちながら「このバーを握りしめることで、わたしはこの世界に留めることができる……」みたいなことを思っているあたり、なんかおもしろかったです。いやまぁ、別にいちゃつきながらなに思おうがいいと思うんですけど、大事なことを男性器を持ちながら思っているのがなんかおもしろかったです(恋愛小説らしくない無粋な感想)。

闇に囁く
最愛の彼氏と別れて憂鬱な奈々子がなんだかんだあって立ち直ろうとする話です。
この話で泉という登場人物がいるのですが、泉は主人公の奈々子と対象的な人物像になっていましたよね。でも思ってみれば、亡くしたのは奈々子の兄であり泉の夫なんですよ。どちらも同じ大切な人を亡くしているってことで、それを踏まえて死の受け取り方がそれぞれ全く違うのが興味深かったです。
一見二人は対照的かと思えば、泉は泉として夫の死に関して負い目を持ってたらしく、今回奈々子とともに休暇を取ったことでそのことを打ち明けていました。どうなるかと思えば、結果的には奈々子も泉も前を向く終わり方になっています。よかったですよね。
いろいろあったけど前向きになる展開といい、雨や蛍の幻想的な風景描写といい、この話が短編集の中では一番好みになります。

愛人生活
身近な人を亡くして放心している珠緒のもとに、お金持ちの川原という年上男性が現れて色々与えるって話でした。
こういった話は夢物語だよな、と読んでて思いました。半信半疑で現実味がない! と言いたいわけではなく、いろいろな作品が収録されている本書の中でも、これがもっとも夢のある話なのではないかと思ったわけです。
いやぁ、仮にですが、仮にこれを男女逆転させて読んでみたとして、こういったのいいなーと思いませんかね。異性の容姿の優れた年上の金持ちの人に拾われて適当に過ごしたい、ヒモになって過ごしたいって人たくさんいると思いますよ。まぁ珠緒は身近な人を亡くしているという苦しい状況のようですが。
そういう不幸を踏まえて、恵まれた境遇に過ごすってのが物語感あっていいと思いました。

冬の観覧車
きれいな話でした。たしか秘書として務めることになった悦子が社長の深刻な病気を知って観覧車に向かう話でしたね。
あの初めあたりにあった悦子の父親が冬の観覧車を見て反応した(昔のことを思い返していた)というのが、この物語にいいように働いていたと思います。あの昔の話を聞くのが苦痛、など言っていた悦子も最後あたりで父親の気持ちがわかったような展開になっていて、そして父親のように思い返すこともあるんだろうな、とか思わせる形で終わってたのがいい余韻でした。
気になったのは娘さんのことです。親権からして妻の方にめぐるでしょうけど、なにやら不倫みたいなことをしていた(それいったら社長もしてましたけど)のだから、回って悦子のところに来そうなのでは? とか思ったりしました。

ミーシャ
長年連れ添った猫が危篤状態になったで、家に帰ろうとする佐知子の話でした。
個人的におもしろかったのは、超特急で帰ろうとしている最中にミーシャのことを思い返すのですが、微妙にミーシャのことでありミーシャのことではないことを思い返していたところです。まぁ最後はミーシャのところに返ってくるのですが、ミーシャというお店の話、ある男の記憶……など、あれミーシャどこ行ったんだ? とか思いました(たぶん、そういう記憶の傍らにいたんでしょうね)
ところで佐知子の夫である道久との関係は、その後どうなるんだろうと思いました。あれだけ互いに大切にしていた猫なのだから、子どもができていない今、おそらくミーシャが一種二人の繋がりを持っていたのだろうと思うんですけど、そのミーシャがいなくなってしまったら、もう二人とめるものがなくなってしまうのではないでしょうか。互いに愛想は尽きている、ってわけでもなさそうですけど、なんかうっかり関係が終わってしまいそうだなと読んでて思いました。

【まとめ】
どの話にも恋愛が絡み、不倫やら別居やら関係が途絶えていたりもしたりしてました。短編集だからこう淡々と展開していきますが、長いものだとこういうのごちゃごちゃしてきそうです(長くしっとりとした恋愛小説読んだことがない)。
ところで、この作品のあとがきにて「光をテーマにした」と作者さんが言ってました。ぜんぜん気にしてなくて、読み終わってから「たしかにそうだな」と思い返したものです(タイトルにもあるのにね)。