とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

共喰い

134冊目
いつかの芥川賞作品

この作品はタイトルの『共喰い』の他に『第三紀層の魚』が収録されています。

共喰い
篠垣遠馬は複雑な感情を持ちながら日々を過ごしていました。理由は父の性癖のようなものである、性行為中に女性を殴る癖が息子の自分にもあるのではないか、とずっと考えていたからです。
遠馬には千種という彼女がいました。彼女と何度も性行為などしてきたものの、その父の血とやらを感じたことはなく、いや、感じないようにしてきただけなのでは……と、溝が深まって深く千種に近づくことができないのです。
それでも日々は続き、父と同棲している琴子とともに混濁した生活が続くのです。

第三紀層の魚
信道は幼くして父親を亡くし、母親が仕事に行っているので自然と祖母の家によく行くようになっていました。
この日も友達の勝を誘って趣味の魚釣りをし、その帰りに釣った魚を持って祖母の家に向かうのでした。
祖母の家には曽祖父がいます。曽祖父は認知症はないものの、もうすでに動けない状態になっており、祖母がつきっきりで介護しています。祖母には息子がいましたが失っていて、夫もいません。そんな祖母が血のつながってない曽祖父の介護をしているのですが、子どもの信道は疑問もなにもよくわかってないのでした。


----(ネタバレあり)----




『共喰い』

隠してきた暴力性
この作品において「暴力」というものは、キーワードといえるほどに大きなものでしたね。
まぁなんというか、遠馬は父を見ながら自分の異常性に気がつきつつあって、「自分も性行為中に暴力を振ってしまうのではないか。千種を殴ってしまうのではないか」など悩んでいて、一方そんなことを悩まない父が好き勝手して、やがてはその二人の異常性がぶつかっていて、結局は最悪に近い場合になっていました。
『共喰い』というタイトルから、読みながら「遠馬はどうなることやら…」と思っていました。結局のところ作中千種に対して暴力は振っておらず、なんとかなったのかな? と言える感じでしたね。ただアパートの女でしたっけ? その人には暴力っぽいことをしていて、そのアパートの女曰く、とても生き生きとして殴っていたそうです。そういう血筋を感じます。まぁけれどもいろいろあったりして、千種を締めようとしてから仲直り、ってほどはないでしょうけど、拒絶からはなんとかなった終わり方になっています。ただけれども、二人の仲のこれからが心配ですよね。

遠馬の周りの人物
父を始め、同棲していた琴子など、何人かが物語に登場しています。作中の良心と言えば仁子といったところでしょうが、最後は殺人犯になってしまいました。
これはふと思ったことですが、この物語の舞台こそ治安が悪いってわけでもなさそうですけど、よくもなさそうな場所のようですよね。作中に書かれてあるようなことがたぶん他の場所でも起こっているのかなぁと勝手に思ったわけです。まぁけれども、遠馬の父のような「おっ、クズぅ~」って感じの人はそういないと思いますが。しかし、アイツはどうしょうもないやつでした。読んでて「警察コイツ野放しでいいのかよ、何かやらかすぞ」と思ってましたし、実際にやらかしてましたし。
思えば、遠馬父を野放ししている違和感が理由で「治安が悪いのでは?」と思ったことに気がつきました。


第三紀層の魚』

祖母の家にて
本来は曽祖父の家らしいのですが、切り盛りしているのが祖母のためそう呼ばれてましたよね。
後半になってわかることに、曽祖父と祖母は血がつながってないことがわかります。となると、単に息子を亡くした先ということになり、複雑な立場から献身的な介護をしている様子に個人的な不思議な感覚を覚えました。別に赤の他人だろうが介護をしてもいい話ですけど、その二人の関係になるまでにあの家でなんか色々あったんだろうなと思っちゃうんですよね。
そういえば、息子は勲章をなくした負い目から警察官になったとかありました。そしてまぁ自殺しちゃったわけですが、結果的には祖母から曽祖父が恨まれても仕方がないという状況となって、なのに祖母は介護していたり、そして二人の話しぶりから現在も恨んでいる様子も伺えます。妙なことに、この恨み恨まれし含まれながらも、その恨むだけの気力を互いに持ち合わせていないという感じであり、そこになんか人間の新しい関係性のように感じました。

近くの人が亡くなってからの反応
わりと印象深かったのが、曽祖父を亡くしてからの信道の反応です。父親を亡くしたときはまだ小さかった頃で実感がなかった、と言われたら納得するぐらいですが、こう自分を持ち始めた頃に近くの人が亡くなった時の反応こそ、いやに生々しかったような気がします。たとえば亡くなってごちゃごちゃするから、「学校次の日は休みなさい」と言われて喜んでいるところとか、お経を唱える時にお腹すいたとか眠いとか暇とか思っているところとか、親族がいる中で「自分は場違いだ」と得意げに話しているところとか、そんな垣間見える幼さが物語として「いいな」と思いました。実際に多分あんな感じだと思います。
あと彼自身、祖母が国旗を祖父の棺の中に入れる時とっさに「国旗」だと気がついて手伝ったあたり良かったですよね。死にたいして実感がないにも関わらず、そうとっさに動けたというのは、これが大切なものだと理解していたというふうな気がしたので。

【まとめ】
第126回の芥川賞作品です。芥川賞って毎年聞いていて、どんな作品かとか表紙は見ることが多いものの実際に読んでみたのは実はあまりありませんでした。
今回この本を読んで、賞を取ったという『共喰い』など読んでまず思ったのは、「これを世間は読んでいるのか」と素直に驚いたことでした。なんというか大きな賞なのでもっと大衆向けの内容かと思ったんですけど、結構こういう、こういうのが流行ってるのか……的な驚きでした。みんな大人なんですね……。
とはいえ、思ってみれば芥川賞は純文学の賞でした。純文学かと言われたら、あれは純文学だったと納得します。