とある書物の備忘録

読書家ほどではない青年が本の感想を書くブログ

黒冷水

100冊目
兄弟喧嘩兄弟喧嘩アンド兄弟喧嘩

弟の修作はある趣味を持っていました。
それは兄が外出した時を見計らって、兄の部屋に行き、兄のプライベート空間を漁るというものです。
漁るのは兄の秘密であり、あるいはエロ本でもあります。
この日もミッションコンプリートとばかりに満点のあさりを完璧にこなしたのでした。

一方兄の正気は弟のあさり癖を早くから見抜いていました。
今回もトラップ(戸棚を開けたらバレる仕組み)が作動しており、「またやったのか」と陰険な気持ちになります。
その陰険な気持ちはある種、皮肉げな心配となり、吐き気のある怒りになります。それらが募って積み重なっていて、正気は修作のことが嫌いで嫌いで仕方ありませんでした。

修作も(劣等感などで)正気のことを嫌いに思っています。ただそんな二人は互い憎みあいながらも正面からぶつかることはなく、ある意味で冷戦状態が続いていました。

----(ネタバレあり)----


あさり癖について
男子なら一度は他人の物を漁るに近いことしたことがあると思います。
僕の場合その理由はというと(宝探し的な)好奇心であり、登場人物の修作とはまた違うのか……とか思ったり、あるいは似ているのかもしれないとか読んでいて思ったりしました。まぁ客観的に見れば行動は同じなんですが。
さて修作に関しては、単に他人のエロ本でお世話になろうという理由だけではなく、ただ単に兄の秘密を暴いてやろうという好奇心と言うより「兄の欠点を探す」ような行動に思えました。
別に度が過ぎなければアウトに近いグレーゾーンなのに、彼の問題は「バレているのに続けている」の一言につきます。指摘されても否定し、バレバレなのに本人は完璧だと思っている……そもそも封筒を剥がして貼り付けるなんてという無謀なことまでしてるのからもう、本人の完璧とは対照的にダメダメですよ……。
ところで、母親もあさり癖があるようでした。これは遺伝でしょうね。

兄弟の仲が悪い
兄弟の仲が悪いだけいうと、まぁまぁ家でありそうな話です。しかしまぁまぁの家でありそうなことと違うのは、兄弟の仲が悪い上に、互いに悪意のあるいたずらを常日頃からしている(冷戦中)ということです。まぁそんなことを兄弟でしている家もあるかもしれませんけど、そんな陰険なことを男子同士でするものなのかなぁ、とか思います(姉妹ならわかるという意味で)。そもそも仲の悪い兄弟なら、接触を出来るだけ避けようとするはずですし、ならば弟のあさり癖がなお一層異常さを際立たせます。
しかしまぁ、寝床が一緒とか、互いにプライベートルームがないとか、個人的なケータイがないとか、そういった原因が要因の一つになってるんだろうなとか思いました。でもそこが生々しかったりしましたよね。
まぁ、最後は「薬」という強大な敵の前に兄弟協力してハッピーハッピーでした。なお。

なんだかんだ似ている
優秀でスポーツ万能それでいてアウトドア派の正気と、落ちこぼれでスポーツはそこそこインドアの修作という相反する登場人物が出てきていています。
形としては、正気が被害者で修作が加害者となっていますが、それぞれ客観的に見てみれば似たような性格をしているなと思いました。どこが? と聞かれると困りますが、しいて言えば「陰険なところ」ですね。加えて言うとベクトルが違えど「気取っている」ところも似ている気がします。
なにが言いたいのかというと、同族嫌悪が発動してそうだなぁと思ったわけです。

兄弟に共通した問題点
実はここに修作と正気の問題点をつらつらと上げてたのですが、登場人物の批判をしてるようなので消してしまいました。
代わりと言ったら何ですが、ざっと読んで気になった二人の共通点をあげていきます。
二人の共通点とは「軽率さ」だと思いました。

修作に関しては画像のダウンロードが一番軽率だと思いました。なんで証拠を残すのですか? 修作ぐらいのイケイケボーイならどうにかしてミーナちゃんの写真手に入れることだって出来ただろうに、なぜケータイに……と思ったら学校でいじめがあったからかもしれません。でも、多感な時期にミーナちゃんを持ち歩くのは悪手だと思うんですけどねぇ。ケータイとはいえ見られる可能性は十分あるので。
まぁ家族だけで終わってよかったですよ(白目)。

兄正気の一番の軽率さは弟を背負投をしてしまったことです。
修作を立ち直ろうとケンカ(とはいっても一方的にしているものですが)をふっかけるのはまだいいものの、最後勢いで思いっ切り背負投をしてしまったのは、たぶんそういう「弟を更生させること」に酔っていたからだと思います。
更生させる(大義名分をもって恨む相手を殴る)のに気持ちよくなってつい投げてしまった……みたいな。投げる方向も悪かったらしく、ガラスの破片のある方に落下……。そもそも決闘前に薬物を粉砕してしまうのも軽率でしたよね。せめて別場所に置いておく、などして欲しかったものです。でも、もの散らかっているの分かっているのに背負投したのが一番ですかねぇ。

薬物密売人
青野でしたっけ。大人気ある彼が物語の黒幕であり、修作を陥れた犯人でした。
彼は正確にぬかりなく仕事を達成し、自分はお金を儲けて、相手に後腐れなく薬を売っているという、それなりにデキる人だと思いました。
最後あたり正気に自らの仕事を明かすシーンがありましたが、あれたとえ信頼している先輩だろうがしないほうがいいと思いました。けれども青野にとっては「薬を売る」というのは「向こうはハッピー、こっちもハッピー」ぐらいにしか思っていないからこそ話したとも考えられます。
できればああいう人(高校生にして密売人)はファンタジーであってほしいものです。頭いい学校にいる人は勉強のストレスや、親のストレスとかやばそうそうですけど……うーん、ファンタジーであってほしい。
ただ最後の衝撃的な展開により青野というものはファンタジーであった可能性がありますよね。
よかった……薬漬けにされる人達はいなかったんだ……。

結末と物語の結末
終わったか……と思ったらまさかの作中作で、その後いろいろ考察を呼びそうな展開が巡っていました。
まず弟の修作(作中)はインドアのいわゆるキモオタみたいな陰険さを持っている描写でしたが、現実の正気(名前出てなかったと思います)のほうがインドアっぽい陰険さを持っているように伺えました。
そしてそもそも正気(現実)がこの『黒冷水』を執筆し始めようと思ったきっかけが、弟に対しての小さな鬱憤であることも書かれていましたよね。となると普段正気は修作(現実)に対して強く出れないということもあるといえて、立場は逆転してしまっているのかということもわかります。
おもしろいことに兄弟同士が作中作の展開とほぼ同じような立ち位置になり、なにを思ったか正気、作中と同じように修作を病院送りにしています。
ここの描写で思うのは、兄はよくわからない暴力を常日頃からしていたのかも、ということです。母親の反応からも「また……」みたいな雰囲気が漂っていて、病院送りにしたのに反応が「これだけ?」と思えるほどなんですよ。まぁこれは憶測ですが。
分かるのは正気自身そういう自己中心的な行動に全く気がついていないということです。むしろ被害妄想的な考えを持っていて、極めつけは最後の「僕の(経歴の)ためにに生き延びてくれ」ですから。もう「おかしい」。

【まとめ】
終始奇妙な空気が漂っていました。答えは最後のエピローグにあり、そこでもなお妙な展開が続いています。
でもあの妙な兄(実在)が書いた本だと思えば納得できるように、「そういう作品なんだな」と僕は思っています。
そして一番びっくりなのは、作者である羽田圭介さんがこれを17歳で書き上げ受賞した。ということですよ! いやぁ、すごいですね。17歳ですよ。すごい。
あとこの名前に見覚えがあると思ってぐぐったところ、又吉直樹さんと同じく賞をとった人でした。
どおりで、と納得しました。